押尾コータロー インタビュー集

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2002年

〈新しいサウンド〉は往々にして、その時代ごとの文化的/社会的背景やテクノロジーといったパラメーターに左右されながら生み出されてくるもの。そして稀に、昔ながらのアコースティック・ギターからこの上なく新鮮な音楽が作り出されることがある。それはアール・クルーだったり、タック・アンドレスだったり、あるいはトマティートだったりするのかも知れない。

今回アルバム『STARTING POINT』でメジャー・デビューした押尾コータローもまた、たった一本のアコースティック・ギターで新しい世界観を切り拓いたアーティストだ。たった6本のスティール弦が張られただけのアコースティック・ギターなのに、彼がメロディーを爪弾き、そして共鳴させるだけで、得もいわれぬ爽やかな世界が目の前に立ち現れてくる。それはフォーキーで、ファンキーで、クラシカルで、ときにアンビエント的であったりもする。

高校生のころはブルースやラグタイム系のギターにハマってたんですよ。それが18歳のころ、マイケル・ヘッジスのような、ちょっと現代音楽が入ってるようなギターに出会って世界が広がったんです。さらに20代にロック・バンドを始めてからは、ベースも弾きながらプライマスやキング・クリムゾンとか、マニアックな方向にも惹かれていってしまって(笑)

多様なルーツを持つ押尾のギターを聴くたびに感じるのは、まるで一個のバンドがまるごと圧縮されているかのような濃密さだ。

組んでいたロック・バンドのメンバーが抜けていくうちにヴォーカルとギターだけになった。そのときに、それまでバンドでやっていたことをギター一本で表現してみようと思った。ギターは6和音あるけど、1音しか出ないサックスとかの楽器と比べて説得力の点で負けると思った。だから、単音で弾いたメロディーに余った指で和音を付け加えたり、ヴィブラートをかけたりしていったんです。

アルバムには瑞々しい押尾のオリジナル以外に、映画「戦場のメリークリスマス」や「第三の男」のテーマ曲のカヴァーが収録され、彼が音楽監修を手掛けた来年公開予定の映画「船を降りたら彼女の島」のテーマ曲も収められている。彼の作り出す音は聴き手の頭の中に、さまざまな映像を呼び覚ましてくれるものだ。

でも、大都会や大自然のイメージを決めて作っていっても、出来上がるころには(曲の持つイメージは)真っ白なものになってるんですよ。

まだ若々しい彼は、ギタリストとしてだけではなく、作曲家/編曲家としても日本の音楽シーンを変える存在になっていくような予感がしてならない。

[ 引用元:押尾コータロー - bounce.com インタビュー ]

7月10日に全国デビューされたそうですが、デビューアルバムのアピールポイントは?
一人で弾いてるとは思えないようなギターテクニックを入口として僕の音楽を聞いてもらってもいいんですけど、歌のアルバムを作ってる人たちと同じように、メロディアスで心に残るような曲を作ってますから、テクニックだけじゃなく、そういう部分でも楽しんでほしいですね。
音楽活動をされるうえでの目標は?
その日来てくださったお客さんに楽しんでもらえたらっていうことしか考えてないです。お客さんの雰囲気を見て、突然、曲目を変更したりすることもあるんですよ。音楽って“音を楽しむ”って書くでしょ。楽しんでもらうためにはどういうふうにすればいいのかっていうことをいつも考えてます。ギターのことをまったく知らない人、それこそギターの弦の数が何本あるか知らない人にも楽しめるようなライブをしていきたいですね。
押尾さんのステージは、トークも好評のようですね。
関西出身で、生まれた時からボケとツッコミの中で育ちましたからね〜(笑)。大阪以外のところに住んでる方は“そんなにボケとツッコミはいらんのに…”って思われるかもしれませんが、もう大阪では必需品ですから(笑)。インストゥルメンタルの僕の曲をつなぐトークは、重要な部分を占めてるんです。
ビッグ・アイの印象はいかがですか?
すべてのホールが全部こういうバリアフリーになってほしいですね。僕の音楽は障害を持たれてる方にもけっこう聞いてもらってるので、“2階だから来れない”とか“車椅子をサポートしてくれる人がいないから今回はやめときます”って聞くとつらいし、寂しかったんです。だから、こういうホールができたっていうのは本当にすばらしいと思います。
障害のある人が音楽に取り組むにあたってアドバイスをお願いします。
音楽をやりたいと思ったら、自由にやればいいんです。人がうまいとかヘタとかそんなの関係ないし…。たとえリズムがめちゃくちゃでも、楽しかったらいいんです。もっと楽しくするためには技術が必要になってくるだけで、一つずつ覚えていけばいいし…。タンバリンでも最初はチャカチャカ鳴らして、少しずつ覚えていったら楽しみも増えていくし…。音楽を楽しむ部分では、障害者も健常者も全然関係ないですからね。

[ 引用元:トワイライトライブレポート◆押尾コータロー ]

メジャー初のソロギター・アルバム「STARTING POINT」(東芝EMI)を発表した。ギタリストに留まらず、作曲やアレンジ、CMなど幅広く活躍し、すでに多方面から注目を集めている先輩にインタビューをお願いした。

まずはこのアルバムをリリースした経緯からお願いします。
関西でライブ活動をしていてインディーズをリリースしたんですが、大阪の「FM802」でオンエアーされ話題になり、やがて東京にも広がって東芝EMIとの出会いに発展していったんです。
このアルバムで聴いてほしいところは?
鉄弦のフォークギターでもここまでできるというところ。オーバーダブなしの一発録り。かき鳴らすのもエキサイティングですが、表現方法はそれだけじゃないというところ。もちろんテクニックだけに捕らわれているわけではなく聴いて欲しいのはメロディ。それぞれの情景を感じ取ってもらいたいですね。
今後取り組みたい課題や目標は?
オーケストラなどの編曲をしてみたいし、打ち込みにも興味があります。 目標はたったひとりのソロギターコンサートを武道館で実現させること。
PANで学んだことで役に立っていることや影響を受けたことは?
ギターのレッスンはもちろんですが、実技以外でもイヤートレーニングや理論はかなり役に立っていますね。入学したからには音楽理論もしっかり学ぶべきです。到達点は「自由にやれ」というところに行き着きますが、軽く聞こえますけど、それはとことん追求して初めて実感として得ることが重要ですから。
PANで学んでいる後輩にアドバイスをお願いしたいのですが。
ロックでも音楽理論はやった方が絶対いい! 知らなくても音楽は創れますが、それでは入学した意味がないし理論を学んだため、感覚で創れないということはありません。感性を補うものと思って取り組んでください。分からなかったらどんどん質問すること。ライブを沢山やること。人とのつながり、自分をアピールすることも大事です。PANをただ卒業しただけではプロになれない!僕も最初からうまくいったわけではないし、みんなもできるはず。がんばって!

[ 引用元:ようこそ先輩 - パン・スクール・オブ・ミュージック ]

2003年

押尾コータローです。

30周年おめでとうございます! で、40周年も100周年もよろしくお願いします! で、お気に入りの3枚・・・。

まずはこれ!

中川イサト / OPUS 1310
このアルバムがなければ、ギター・インストにはまっていないでしょう!イサトさんの歌も好きなんです。もともとフォーク・ソング出身なんで。だから「お茶の時間」「黄昏気分」なんかも大好きなんですが、今回はこれを選びました。有山淳二さんのギターも聴けます。「六番町Rag」は名曲です。細野晴臣さんのベースが入っているバージョンも好きです。「きつねの嫁入り」「箕面6-5-2」何回も聴きました。高校時代はこればっかり聴いていました。
マイケル・ヘッジス / 大気の境界
イサトさんに教えてもらった凄いギタリスト。一人で弾いているとは思えないプレイに虜になりました。曲の感じもラグタイム・ギターのようなビートではなくなんともいえない不思議な世界でした。ライブ・パフォーマンスでは彼は立って演奏するところにも惹かれました。テクニックももちろんなんですが、音楽性も素晴らしい。ギターの新しい可能性を教えてくれた人です。惜しくも45歳の若さで他界されましたが、僕の心の中で永遠に生き続けています。「エアリアル・バウンダリーズ」「ホット・タイプ」などの演奏はあまりにも衝撃的でした。
タック・アンドレス / 虹の彼方に
またまた凄いギタリストが現れた。今度はマイケル・ヘッジスよりもポピュラーな感じのギタリスト。ファンキーなリズム。その一人バンドスタイルにあこがれました。そして選曲。打ちのめされました。「虹の彼方に」のアレンジは映画「オズの魔法使い」の感じが良く出ています。ジャズって楽しいな。と思わせてくれたのもこの方です。聴いていて気持ちがいいです。

と、こんな感じなんですが、今の押尾コータローがあるのはこの3人だけではないのですが、相当影響を受けたのはこの3人です。

最後に、僕を選んでくれてありがとうございます。忙しいけど楽しくてしょうがないです。初心を忘れずに頑張ります。これからも暖かく見守ってやってください。

押尾コータロー

[ 引用元:30周年記念ページ - プー横丁 ]

2004年

アルバム「Be HAPPY」のタイトルについて
僕の時代はレコードになるんですけど、レコードを聴いてちょっと幸せな気持ちになれた、そういうレコードをいっぱい聴いて育ってきたので、今度は僕がCDを出せる立場になって、僕のギターの音楽を聴いてちょっとでも幸せになってくれればいいなという、本当に単純な想いで付けました。
楽曲のコンセプトは?
幸せって色んな幸せがあると思うんですけど、心から「幸せー」っていうような幸せと、「よくよく考えてみたら幸せやな」っていうようなささいな幸せ。「何もなかったけど、今日もよかったな」とかいうささいな幸せから、アイスクリームを買ったら当たりが出たみたいな小さな幸せ、ものすごい大きな幸せ。それが音にもあるのかなって。
楽曲制作について
曲っていうのは突然出来たりするんですね。今出来たら困るなって時に大体出来たりします。何にもメモするものがなくて。だからみなさんボイスレコーダーを使ったりして工夫されてると思うんですけど。僕もそういう時に限って何も持ってなくて。携帯電話に吹き込めばいいんですけど、その時は憶えてるからいいかなと思って、家に帰ったら全て忘れてるんですよ。ああ、良かったはずなのに…。
どんな楽曲で「Be HAPPY」になりましたか?
高校時代だったら、長渕剛さんのフォークの歌詞、歌詞の世界ですよね。歌詞で元気付けられたりとか。そうかと思えば中学時代は本当に無機質なクラフトワーク。どこが幸せになれるのって音楽なんですけど、僕にしてみたらテクノサウンドをずっと聴いてるのがすごく幸せな事で。シンセサイザーのピコポコピコポコ鳴ってる音楽に癒されてたんですよ。「ああ、これ聴くと元気になる」みたいな。イエロー・マジック・オーケストラとか。僕の根底にはあるんですよ、テクノが。
師匠、中川イサトさんから学んだ事は?
インストゥルメンタルをずっと前からやっている方で、その方にギターを習っているうちに海外のギタリストを教えてもらって。ブルース・コバーンとか、リチャード・ラスキンとか。10年位前にウィンダム・ヒルっていうレーベル、いわゆるヒーリング・ミュージックの盛り上がった頃…、ジョージ・ウィンストンとか。その中にマイケル・ヘッジスというギタリストが居たんですよ。その人がタッピングとか、そういうテクニックをやられる方だったんですよ。チューニングもガーッと変えて。そのギタリストがギターに革命をもたらしたギタリストかな。僕は師匠、中川イサトさんのライブを観に行って、ギター一本で弾いてお客さんが居て、それでご飯を食べてるその姿がかっこよくて、「僕もああなりたいな」って思ったんですよね。
自分にGift(才能)を感じたことは?
最近ね、ちょっとだけ分かったんですよ。音楽的な才能ではなくて、後の事を何も考えてないというのは才能かなと思ったんですよ。27歳の頃、まだアルバイトしてましたね。30歳もまだちょっとバイトもしながらっていう。そんな中で、友達とかに言われるわけですよ「お前そんなで大丈夫か?」って。大概みんな30歳を境に音楽を辞めていくんですよ。でも僕は何も考えず続けていた、後の事考えて怖いと思わなかった、これは才能かなって思うんですよね。大体みんな27〜30歳の間に音楽を辞めて就職をしていて、彼らは正解やと思うんですけど。友達にも言われて、親にも「音楽は辞めて趣味でやったら」って言われながらも全然ヘコまなかった自分っていうのは、これは才能かなと思うんですよ。俺すごいなと思ったもん。
ギターとは?
ギターを始めたばかりの頃に買えたらもっとよかったのになっていう、そういう感覚ですよね。今、憧れていたギターを買っても、「やっと買えた!ほんで?」って感じですよね。あの当時は買えなかったわけじゃないですか。カタログを何回も見て、何回も見ても値段変わらへん。「いいなー」ってカタログ眺めてて。でも「いいなー」って言ってる頃がすごく良かったんですよ、結局。手に入ってモノにしました、でもあの時程の感動がないんですよ。勿論嬉しいですよ、手に入ったのは。あの当時は、パン買うお金もなかったのに、カタログ眺めていた頃がこんなに幸せだったのかっていう、想いはありますね。
車好きな方も近いものありますよね。
買うよりも買っている過程を楽しんでる方が幸せなのかなって思ったりもするんですよね。僕はヒーロー好きなんですよ、仮面ライダーですね。僕の場合ギターは仮面ライダーで言うとサイクロン号ですよ。武器と言えば武器かもしれないですけど、相棒。よく言う事を聞いてくれる相棒っていうか。たまに暴走もしたり、こっちが操れない時もあったりとかね。最近はギターのせいにしてはいけないなと思うようになったんですけど、若い時は自分が上手く弾けないのは楽器が悪いと思ってたんです。このギターがよくないから、音が鳴らへんのだと。違うんですよ、俺やがなっていう(笑)。俺の演奏が悪いからなんですよ。じゃあちゃんと爪磨いて、ウォーミングアップの練習して、どうやったらきれいな音が出るのかなって。どんなギターでもそういう風に考えたりするようになりましたね。安いギターだから演奏が下手ってわけじゃないじゃないですか。だから楽器のせいじゃない、ある程度自分で考えないとダメですね。
ご自身のギターサウンドついて
20代の頃はバンドでベースをずっとやってて、チョッパーベースに憧れたわけですよ。ブラザーズ・ジョンソンも好きだったんですけど、ラリー・グラハム、グラハム・セントラル・ステーションっていうお下劣なベースが好きで。ファンクな感じが好きな頃があって。結構バンドやってた経験も生かされて、そういうリズムをリズミカルに演奏するギタリスト、タック・アンド・パティのタック・アンドレスとかも、「そういう弾き方があるのか」って教えられるギタリストが沢山居ましたね。エレキギターも行きましたよ。ベースをずっとやってて、結局ギターに戻った時にエレキギターになって。エレキギターで求めていたものが、叩いた音とか、こういう音とかで、エレキギターでオープンチューニングを変えだしていったんです。エレキギターで変えると大変で、宙に浮かせるオープンチューニングが無理なんです。出来ないっていうのと、アームは使わないでベタ付きにしといてダウンだけするようにっていうチューニングがあったんですけど、弦が切れやすいんですね。オープンチューニングでやってもバンドに迷惑をかけてしまうというのもあって。結局要求していたものがアコースティックギターだったわけですよ。アコースティックギターとドラムとベースの3人でやったんですよ。これが一番いいスタイルやと思って。そうやってたんですが、ドラムとベースが色々考えるところがあると、年齢的に抜けてしまったのもあって。
バンドをやってて思ったんですが、窮屈に感じる時があるんですよね、アンサンブルでやってると。ルールってあるじゃないですか、野球とかサッカーと一緒でチームワークがある。僕は一人だけ単独行動する奴だったわけですよ、バンドでも。そうなると後でバンドミーティングにかけられて「なんであんな勝手な事すんねん」みたいな事を言われて、「俺はそれがいいと思ったから」って。そういう事をする奴でね。結局窮屈で一人でやった方が楽だし、誰にも迷惑をかけないからいいかなと思いましたね。
ライブの位置づけは?
ライブがなくてはダメですね。最初はインディーズからCDを創るとなると根本的にお金がかかる。「CDはなくても、ライブのクオリティが高ければ」って、一瞬だけの、ライブの事ばっかり考えてたんです。CD創れなかったから。でもライブはいいのにしようと。ライブしかなかったんです。でもCDも創れる環境になってきて、最初ギター一本でCDを創るという事は“記録”ぐらいなのかなって思ってたんです。絶対CDよりライブの方がいいっていうのがあったんですけど、それじゃいけないなと最近思ったんです。CDにはCDのクオリティがあるっていう。
そういうアルバムを創っていかないとね。CDでピンとくるアルバムを分かって創れるか自分でも自信がないんですけど、今自分が出来るだけの事をやるしかないんです。あとライブはライブでやって。レコーディングの良さっていう部分ではまだまだ僕はスタート地点に立った感じなんですよ。ライブは前からずっとやってるから、ライブはこうやってこうやって、お客さんが最後に「良かった」って言って喜んで帰ってくれたらOKなんですけど、CD制作に関しては、どれがいいアルバムなのかなっていうのを、それこそ自分が影響を受けたレコードをよく聴いたりなんかして、もっともっとこれから考えていきたいなと思う分野ですね。
「見上げてごらん夜の星を」を取り上げた理由は?
歌詞ですね、「二人なら苦しくないさ」っていう歌詞がすごく分かりやすくて。カバーを何か入れるとしたら、この曲はレパートリーでもよくやってたんで、今回これを取り上げてみようかなと。
音楽が一番自分を表現できると思うんですが?
僕は音楽で活動をしていきたいし、ありのままなんですよね。演技をする事もなく。演技をして、押尾コータローという人格は全くなくて、完璧に演出してしまう良さもあるではないですか。それはお芝居の世界なんですけど。悪人にもなれるし善人にもなれるっていう、そういう表現方法もあるんですけどね。でも一番押尾コータローを分かってもらえるのは多分ライブですよね。音楽、音楽が一番。こういうギターを弾くけど、こういう間でこういう喋りもあって、例えば2ステージあったら、1ステージはこうだけど、2ステージでは全然違う弾き方してるなっていう。そういうのが自由に出来る空間かなって思いますね、音楽っていうのは。
今後の活動は?
基本的にはギター一本でやってるスタイルを基本にはしていきたいですね。僕みたいなギタリストが知ってもらえて、最近は若い世代の人たちが「押尾コータローのギター弾きたい」っていう人がじわじわ増えてきてくれてるわけですよ。そんなファンの事も考えると、ギター一本でやってる軸は残しつつも、最近色んな人とコラボレーションするようになって、憧れのCharさんもそうなんですけど、そういったギター×ギターとか、ボーカルとギターでやってるとか、オーケストラとやってるとか。この前北野タダオさんのアロー・ジャズ・オーケストラのゲストで呼ばれて一緒にやったんですけど、ビックバンドとギター一本で。僕の曲をアレンジしていただいたんですけど、そのときに「Chaser」という曲があって、8ビートで創った曲なんですけど、16ビートのファンクのアレンジにしてもらって。それをやった時にアコースティックギターの可能性を教えられたというか、そういうものやっていきたいなって。ドラムが入っているいわゆるロックバンドの中にアコギが入っているようなものも。
時代の流れっていうのが常にあって、流行は戻ってるとか言われてたりもするけど、上手い具合に進化しているような気もするんですね。だから20年後の音楽とか30年後の音楽は想像がつかないんですけど、その時に本当はもっとリサーチして、もっと賢くなって「今年はこれが流行る」とかっていうのに順応できるアーティストだったらいいんですけど、僕はなかなかそうもいかなくて。じゃあ僕は何が出来るかっていったらギターソロをずっとやり続けるべきなのかなって思いますね。「あいつ、まだやってんの?ギター一本で。もう流行ってへんで」って言われても、頑なにやってるのがいいのかなっていう。勿論売れるっていうのも重要な要素で、アルバムが売れないっていうとそれはそれで問題が出てくるので。それはそれで考えつつも、ギター一本でコンスタンスにやっていけたらいいかなって思いますね。
あんまり戸惑わない事でしょうね。先ほど言ってたイエロー・マジック・オーケストラっていうアルバムも今聴いても色褪せないんですよね。そんなアルバムを創っていきたいですよね、やっぱり。
今回のアルバムの出来具合は?
そりゃもういいのが出来たなっていう。レコーディングっていうのは、デビュー当時はガチガチに震えてるわけですよ。東芝EMIのこんな大きな、オーケストラが入るようなスタジオで俺ひとりで録音してて、ぽつんと(笑)。そういう緊張しすぎる位の緊張で。周りのスタッフの事もよく分からない、ディレクターもよく分からない中で、録音しますって言われてもガタガタ震えてて。どうやって録音していったらいいのかなって。今は普通に「もう一回行こう」って自分から言って、休憩入れてと、自分のペースで出来るようになってきましたね。緊張はするけど、それは「もっと良くしたい」っていう緊張感で、いい方向にどんどん来てるなって、録音の方法がようやく分かってきたかなっていう感じですね。
レコーディングはどのくらいかかりましたか?
合間にライブとかが入ってくるので。一週間ガーってレコーディングをやって、その日からライブが一週間位、帰ってきて一週間後にまたレコーディングとか、そういうのがありました。結局3〜4ヶ月くらいかかったと思います。ライブでやってるとファンの人がどういうものを求めているのかが分かりますね。握手会とかサイン会をやると、「俺、激しいの好きなんですよ。激しいの次入れてください」とか言われて、「分かった、激しいの書くわ」とか言って(笑)。そうかと思えば「僕は激しいのよりバラードが好きなんですよ」って人も居て。色んな人が居てますね。

[ 引用元:押尾コータロー on AOL ]

8/1(日)のJEUGIA 三条本店インストアイベントについて… 本日のご感想をお願いします。
メジャーデビューしてから京都でのライブがなかなかできなくて、今日来れたので良かったです。JEUGIA 三条本店さんには、インディーズのCDから応援して頂いていたこともあって、今日インストアイベントができて本当に良かったです。会場はリスナーとの距離が近いので僕は大好きです。
本日のギターは何でしたか。メーカー名・仕様・セッティング・音の特長やお気に入りポイントなどお願いします。また、そのギターと出会った経緯などございましたらお願いします。
メーカー名
グレーベン(GREVEN)
仕様
D(ドレッドノート)ヘリングボーン
セッティング
M-factory ピックアップ・システムに、コンタクト・ピックアップとサンライズ製マグネット・ピックアップをつなぎ、それぞれパラで出力し、DI経由し、そのあとは、僕のお気に入りのエンジニア、イジクリマン片石がエフェクトやEQ処理をしています。
音の特長
レコーディングもライブもオールマイティにこなしてくれる、今ではメイン・ギター。低音も出るし、叩いた時の感じも良い。なかなかないんですよねぇ。見た目は普通なんだけど。グレーベンのギターは他にも持っていますが、これがダントツです。
お気に入りポイント
僕がもっと年を取って持っても紳士的な感じ。気品がある。
出会った経緯
神戸のとあるギターショップで僕が30歳になった時に、買ったギターです。

メーカー名
グレーベン(GREVEN)
仕様
J(ジャンボ)ヘリングボーン
セッティング
M-factory ピックアップ・システムに、コンタクト・ピックアップとサンライズ製マグネット・ピックアップをつなぎ、それぞれパラで出力し、DI経由し、そのあとは、僕のお気に入りのエンジニア、イジクリマン片石がエフェクトやEQ処理をしています。
音の特長
Dタイプに出会うまでは、ずっとJタイプを使っていました。Dタイプに比べて、音が柔らかい。やさしい感じ。
お気に入りポイント
低音から高温までバランスよく鳴ってくれます。もう手に馴染んでますね。もう18年使ってます。
出会った経緯
僕の師匠、中川イサトさんに初めて連れて行ってもらった、神戸にあるギターショップ「HIRO CORPOLATION」。気に入るも何も、当時高校3年生の僕には、正直言って何がいいのか分からなかった。でも憧れの中川イサトさんの紹介だったので、それだけで嬉しかったです。母親にお金を借りて初めて買った記念すべき第1号。もうボロボロです。でも何回も修理をして、今回も使いました。
ギターを始められたきっかけは何でしょうか。
中学2年生の頃、学校の教室、休み時間に友達が弾き語りしているのを見て、僕もやりたいと思った。「女の子にモテる」という不純な動機です。
テクニックを維持するために、何か特別なこと(トレーニング等)をしていらっしゃいますか?
特にしていないです。毎日弾くことかな。でも、最近は体力づくりにジムに通っています。
メロディーやアレンジなども素晴らしく、幅広いリスナーを惹きつけてやみません。曲のインスピレーションはどのようなシチュエーションで浮かびますか?
何となく出来上がったものを、身内にまず聴いてもらう、反応の良かったものだけを展開させていきます。シチュエーションはあらゆるところで曲が浮かびますね。特に綺麗な景色を見ると作曲意欲は湧きますね。
敬愛するギタリストやアーティストはいらっしゃいますか?その理由もお願いします。
中川イサト
僕の師匠。この人に会っていないと今の押尾コータローはありえません。
マイケル・ヘッジス
タッピング・テクニックは彼の影響です。音楽も素晴らしい。
タック&パティ
「一人ロック・バンド」はタック・アンドレスの影響です。何とも愛のある素晴らしい演奏を聴かせてくれます。
トミー・エマニュエル
エンターテイナーでテクニックも超絶!凄いです。
ロバート・フリップ
キングクリムゾン大好きです。彼の正確無比なピッキングは心地いいです。
スティーブ・ヴァイ
まさにギター・ヒーローです。かっちょええ!
ベンチャーズ
何回聴いても、色あせることなく、夏の気分にさせてくれます。
岡崎倫典
もう一人の師匠。アレンジも素晴らしく、ピッキングも丁寧。特にバラードが好きです。相当影響受けました。
次にコラボレーションやセッションをしたいミュージシャンはいますか?
ジェイク・シマブクロ、葉加瀬太郎、山弦、中川イサト、岡崎倫典、石田長生、Char。まだまだ、たくさんいます。歌の方ともセッションしたいです。
影響を受けた人物はいらっしゃいますか?(上の質問とかぶるかもしれませんが、精神面など含めて尊敬する人物がいらっしゃいましたらお願いします。)
中川イサト
海外のミュージシャンをマスコミに頼らず、自力で呼んできて、実行される行動力や、ギターに対するこだわりもいつまでも変わらないところ。手書きの楽譜のきれいなこと。とにかくこの方がおられなかったら、ギターのインストはやっていません。
坂本龍一
ペンタトニック(五音音階)をこれだけおしゃれに作曲されるところや、コードの使い方などもいつも驚かされます。
手塚治虫
「火の鳥」には、人生、「生きる」ということにいろいろ考えさせられました。
座右の銘、もしくは好きな言葉をおしえてください。
「石の上にも三年」:河島英五さんがおっしゃられてた、「何でも10年やらないと、結果が出えへん。」という言葉がずっと今も好きです。
ステージでは緊張しますか?また、緊張したときの対策やアドバイスをお願いします。
緊張しますねぇ。僕はいつも深呼吸を3回しますね。何かの本で読んだんですが、新しい酸素を体に取り入れると気分がいいらしいです。でも、やっぱり場数をふむことですね。
身長を伸ばす秘訣があればおしえてください。
ないです。勝手に大きくなりました。大きいと「大きいくせに・・・。」とか言われて、辛かったです。でも、牛乳はよく飲んでました。最近は豆乳です。
現在はツアー等で地方や海外へも行かれることが多いと思いますが、関西の食べ物が恋しくなったりしますか?また、大阪に戻ってこられたときに必ず行くお店などありますか?
海外に行くと恋しくなりますねぇ。なので海外に住むということはありえません。味噌汁大好き男ですから・・・。京都だったら「エル・ラティーノ」というメキシコ料理のお店がお気に入りです。大阪は「菜々人」という創作料理の店が好きです。
10年後の夢をおしえてください。
師匠の中川イサトさんや岡崎倫典さんをお呼びして、他にも海外や、国内のギタリストを呼んで、「ギター・フェスティバル」を武道館でやりたいです。
最後に、今日イベントに参加した/参加できなかったお客様へのメッセージをお願いします。
参加された方、来てくれてどうもありがとう。またやりたいですね。とてもいい空間でした。そしてこれなかった方、次は当たりますように、というか、全員がこれるように回数増やせばいいのかな?次はお会いしましょうね!

[ 引用元:JEUGIA | フリーペーパーWEB アーティストインタビュー ]

押尾さんの活躍で、ギター音楽に興味がなかった人たちも関心を示したりと、特にここ数年、ギター音楽に熱い注目が集まっていますよね。
とても素晴らしい状況ですよね。こんなふうになればと思っていたけど、そうなるかは分からなかったし、諦めずにやり続けて良かったなと。
34歳でメジャーデビューされるまでには長い道のりもあったかと思いますが、諦めない気持ちを持続できたのは、押尾さんをかき立てる何かが?
僕からギターを取ると何も残らないって分かったからですかね。27歳のとき、その当時はまだアルバイトをしてたんですが、もう後がないって実感して。常に崖っぷちにいる状況で、やり続けるしかなかったというか。
そういった経験も、多くの人々を感動させる音色に影響しているのかもしれませんね。そして、3rdアルバム「Be HAPPY」がついに到着しましたが、今作には天使が海辺でのんびり過ごしているというイメージの楽曲「天使の日曜日」など、ステキな楽曲ばかりですが、どんなときにイメージがわくんですか?
う〜ん……。例えば、お祭りの前にすごく楽しいイメージを浮かべたりしますね。本番が始まってしまうとどうってことはないんですけど、始まるまでドキドキしながら想像するのが楽しくて。それが曲になるんでしょうね。
だから幸せなイメージが広がる楽曲ばかりなんですね。また、歌詞がなくても、ギターの音色だけでこんなにも感情が伝わるんだなぁと今作から強く感じました。
インストゥルメンタルだと、呼吸とかメロディーを忘れがちになるときがあって。ボーカルの人は呼吸なしでは歌えないと思うんですが、ギターは息継ぎなく弾けるんです。でも、それだと聴いててもしんどいから、息継ぎは大事で。だから常にそんな音楽を目指してますね。
その彩り豊かな表現力もそうですが、“一人で出しているとは思えない音”と称されるギターテクニックは、ただただ、すごいなぁと。
ありがとうございます。バンドから生まれるグルーヴっていうのをギター1本で出したいなと思ってるんです。バンドの中のギターパートだけじゃなくて、ギターとベース、ドラムの音をギターだけでやってしまおうっていうところに意識を置いていて。
そんな高度なテクニックを視覚的にも触れられるのが、今作と同時発売のDVD「So HAPPY」。ギター講座も収録された嬉しい内容で。また、8月からは全国ツアーが始まりますが、今年は本数も多いですね。
去年の2倍以上ですね。初めて聴きに来てくれた人に次も来てもらえるようなコンサートにしたいと常に考えてます。
今回のアルバムとツアーのタイトルが「Be Happy」ということで、押尾さんにとって最高の幸せとは?
ライブのあとの歓声ですね。女性ファンはもちろん男性の方から「ありがと〜」って言われたりすると、じ〜んときます(笑)。
逆にプライベートではどんなときに幸せを感じます?
パソコンを分解してるときがいちばん幸せかもしれないですね。パソコンを組み立てるのが好きで、今まで何台つぶしたことか(笑)。
お〜、緻密な作業ですね〜。でも失敗すると代償が大きい(笑)。そんなプライベートも気になりますが、やはり、今後の音楽活動にも期待が……。
この状態を維持していくっていうことと、あとはギターフェスティバルみたいなことをしたいですね。いろんなギタリストを集めて、インストしかやらないっていう。マニアックだけど、大きな会場でぜひやりたいです。

[ 引用元:押尾コータロー 2004.10/インタビュー/携帯MUSIC NAVI/けむナビ ]

ギターは何歳からですか?
14歳ですね。
それはギターを始める年齢としては普通?
ええ、早くもなく遅くもなく。
最初から、撮影の時みたいなアコースティック・ギターですか。
普通のフォーク・ギターですね、最初は。
ロック・バンド的な活動は?
それは20歳くらいの時ですね。あの音圧に憧れて・・・。
どんな感じのバンドだったんですか。
まあ、当時はスクエアとかカシオペアを好きなバンドのコピーとかしてましたね。ロック・バンドを7年間くらいやって。パーカッションの人と演ったり、女性ヴォーカルが入ったバンドもありました。その後には篠笛を吹く人とか、舞踏の人とか、ちょっと特殊な感じのバンドもやりましたね。だから、やってたバンドの数は多かったですね。
そういったバンド活動に変化が出てきたのは?
27歳くらいですね。20代の後半になってくると、それまで趣味でやっていた音楽を辞めて、就職しなくちゃいけないという感じになってくるんですね。それで、バンドのメンバーたちも、みんなそういう事をそれぞれ言われるような状況になってくるんです。
なるほど。そういった年代なんでしょうね。
それでバンドが解散するわけなんですけど、それからまたメンバー募集したり、自分がどこかのバンドのメンバーになったりする勇気がなかったんですね。まあ、面倒くさかったという理由もあるんですけど。
面倒っていうのは?
20代も後半になってくると、趣味じゃなくてプロ志向で音楽をやっていこうと思うようになってたんですけど、まだ当時はなかなかお金にはならなかったんです。それで、メンバーを集めるにしても、「プロ志向です、でもギャラは払えません」ってわけにもいかなくて。もっと若ければ、そもそもギャラっていう発想がない。そういった状況がなんか気を遣うし面倒だったんですね。27歳の時です。
もしかしてそれが、ソロ・ギターでやるきっかけですか?
そうです。(笑)
14歳でギターを始めて27歳だから楽器始めて13年目。ギタリストとして13年目というのは?
ある程度のことはできるようになったけど、その先にいくために、さらに何を学ぶかという時期ですね。
なるほど。ソロ・ギターを始めた当初はどんな演奏をされていたんですか?
歌謡曲のメロディを譜面見ながらソロで弾いてたり。とにかく持ち曲がなかったですから。40分のステージを3曲でどうやってもたそうかと。次第にだんだんレパートリーが増えてきたんですけど。そのうちソロでCDを出して、それがラジオで採りあげてもらえるようになると、何故かオリジナルを要求されるようになったんですね。
ほう。
それまではオリジナルなんて要らないと思っていたんですよ。カヴァーさえあればお客さんは喜んでくれると思ってました。ところがいざ自分でCDを作ってみて、その中でラジオでかけてくれるのはオリジナルだったんですよ。
それはなぜでしょうね。
まあ、たまたまそのDJの方が、カヴァーよりも僕のオリジナルの方が新しいと感じてくれたんだと思います。
なるほどね。ところで、12月15日発売予定の最新作『ボレロ!Be HAPPY LIVE』、聴かせていただきました。自然な演奏で、とても楽しませていただきました。
ありがとうございます。
でも、いろんな資料で「とても一人で弾いているとは思えないテクニック」と形容されている割には、テクニック重視じゃなくて、むしろ曲のイメージを大切にされてる方なんじゃないかと。ギター・プレイヤーや、例えばフュージョン系のドラマーって、巧ければ巧いほどテクニック重視の方へはまっちゃう例が多いんですが。
そうですね。だから、むしろギターに詳しくない人に感想を求めたりしてます。ギタリストだったら、もっとここに、こういうテクニックを入れて欲しいと感じるだろうという気持ちは分かります。バラードなんかじゃなくて、もっと激しい曲でタッピングなんかもっとやってほしいって言われます。でも、例えばうちの母親の世代のリスナーの方たちに聴いてもらったら、絶対そういう意見は出ないですよね。もっと優しい曲を求められる。あの曲聴いたら涙が出たと言われる。そういうことの方が実は大切なのかなと思います。
なるほど。
でも、僕より若い世代はもっとエネルギッシュなものを求めているわけです。その声にも応えなくちゃならないですね。逆に僕よりもっと上の世代の方が僕のギター聴いてくれて、ああ、昔自分もギター弾いてたけど、また、ああいう風に弾いてみたいなと思っていただければ、それはとても嬉しいことですね。
『ボレロ! Be HAPPY LIVE』は各地でのライブを集めた作品ですけど、押尾さんの演奏が終わって拍手が起きるまでの「間」がいいですよね。お客さんが本当に音楽に集中して、フッと我にかえっていく感じが伝わってきます。ところでファン層的にはどんな感じなんですか?
4歳から80歳までですね(笑)。
じゃあ客席もバラエティに富んでて楽しいでしょうね。ステージの上から特定の人に向かって弾いたりします?
いやー、そんなことしたら、嬉しくて気絶しちゃう人が出るかも知れないし、反対に気持ち悪くなる人が出ても困りますから(笑)。でも、そうですね、ステージからはなるべく遠く、最後列とか2階席の方を見るようにしています。
というと?
いや、ちゃんと見ているよというメッセージ。せっかくチケット買ってくれたんだけど、もし2階の一番後ろの席になったとしても、僕はステージからちゃんと見てますよという気持ちです。
ギター・テクニックの話ですけど、タッピングはもちろんですが、ベースが入った曲もありましたね。あれはどうなっているんですか?
ベース用にアレンジはしているんですけど、ベースの音を弾くときにギターの胴を一緒にドーンと叩いているんですね。そうするとバス・ドラムみたいな音になる。そうするとアコースティック・ギターの胴がうまく振動して、よりベースっぽいサウンドになるんです。チューニングも2,3音下げてますけど。
オープン・チューニングですね。それは以前からあったテクニックなんですか?
ブルースの世界には大昔からあります。ブルースマンがボトル・ネックを使って、ネックにスライドさせてギター弾くときに使ってます。それからスラック・キーというハワイからの発想もそうですね。ハワイの人がスペイン人の置き忘れていったギターを、見よう見まねで弾き語りできるように、響きのいいチューニングを探していったのがスラック・キーですね。ハワイの音楽では、ギターは知らず知らずのうちにオープン・チューニングになっていたわけですね。そういう意識はないと思いますけど。
いま演奏する上ではどんなことを感じられていますか?
やっぱりお客さんに楽しんでもらうこと。同時に僕自身も楽しむことですね。それから、やっぱり感謝の気持ちですね。それは忘れちゃいけないと思います。
そういう風に感じられるようになったのは、最近のこと?
というか、やっぱりバンドで一度打ちのめされてますから(笑)。いい格好ばっかりしてたんですよ、バンドやってる時は。俺たちの音楽わかる奴だけついてこい、みたいな。誰もついてこなかったんですけど(笑)。だから、やっぱりお客さんありきなんです。どうやったら次のコンサートにまた来てもらえるか。それはよく考えています。ソロ・ギターやってる人はたくさんいて、そういう人たちとも話す機会があるんですけど、やっぱり大切なのはステージの持っていき方だと思うんです。とても難しいですけど。だから逆に違う楽器のコンサートへ行くと分かりますね。ギターのコンサートだとやっぱり盲目になってしまう。ピアノやヴァイオリンなんかの違う楽器のコンサートだと、むしろシンプルな曲に感動したりしますね。
『ボレロ! Be Happy Live(HAPPY LIVE)』を聴いていると、押尾さんのある感情の状態というか、ステージにいらっしゃる間の気持ちのあり方、落ち着き方みたいなものを感じるんですけど、どうなんでしょう。
確かにステージではいろんな感情や表情になるわけですよ。気持ちを込めて演奏していて、ああ、今ステージから客席に降りていきたいなという衝動に駆られるときもあります。それでワイヤレス・システムにして、客席の一番後ろまでいったりします。それで、「あ、こいつこんな事もするのか」とか、「後ろの人のことまで考えてるんだな」と思ってもらえれば嬉しいです。
本当は2階席まで行きたかったりして。
いや、そうですよ本当は。実は2階席ふくめて会場中回りたいですよ。
スイスのモントルー・ジャズ・フェスティバルに3年連続出演というのも凄いですね。昔はジャズだけでしたど、今ではありとあらゆる音楽をやってますよね。どんな感じでした?
いや、もう街中盛り上がってますよね。レマン湖のほとりの高級リゾート地ですからお客さんもいっぱい来てるし、デヴィッド・ボウイなんか普通に遊びに来てたり。みんなのんびりしてますよね。
会場はいっぱいあるんですか。
ええ。大きい会場が3つ。それがメイン会場で、あとは小さい会場がたくさん。
違う国のフェスティバルで演奏することも大きな収穫だったでしょうね。
ええ。けっこう日本での反応と同じだったのが嬉しかったですね。優しいですよ、向こうの人たち。「またモントルーに来てくれ」って言われて。日本の地方で言われる感じと同じでしたね。「葡萄がおいしいからまたおいで」みたいな感じで、「アルプスが綺麗だから」とか「これは世界で一番美味しいチョコレートだから」って、みんなとてもよくしてくれました。
良かったですね。いい体験ができて。
ええ。それで、モントルーでは「押尾のいいところはその謙虚なところだ。天狗になるなよ!」って言われました。
誰に?
モントルーの主催者(笑)。(Claude Nobs
凄い話ですね、それ(笑)。
いやー、アメリカのミュージシャンなんかけっこう強引らしいですよ。「もっと取材入れろ」みたいな感じで。そういうの見てて、あれじゃなきゃアメリカン・ドリームは手に入らんのかなあ、なんて思って。こっちは英語もフランス語も話せないし、どうしようって思ってたら、そのモントルーの主催者に、まるで日本のおっちゃんに怒られてるみたいにそう言われた(笑)。
はぁー。なんかいい話だなそれ。じーんときたでしょうね。さて、時間もあまりないので最後の質問です。なにか音楽以外の趣味ってお持ちですか?
音楽以外は僕、趣味パソコンなんですよ。
え!意外。凄く意外。
意外でしょ。でも、昔iMacが出たときに、わー、iMac買いに行くぞってお店行ったら、すごい人気機種(1998年発売のRev.C)でタンジェリン(オレンジ)は2週間待ち、ライム(グリーン)は3週間待ちみたいな状態でとても買えない。でも、今すぐ買って帰ってボタン押したいわけじゃないですか。それであきらめて、がっかりして本屋さん行ったら、『君にも作れるDOS/Vマシン』って本があったんですよ(笑)。なんか4コママンガで博士と女の子の生徒がいて、4コマでDOS/Vマシンできちゃうわけですよ。
はぁー、そっちいっちゃたんだ。
はい。それから、ものすごい勉強して。で、お金持って日本橋(大阪の電脳街)に行くんです。
ニッポンバシ。大阪の秋葉原ですね。
そうです。ところがお店の人が何言ってるのかまったくわからない。「出直してきます」っていったん帰って、またパソコンよく知ってる人と出直したりね。各パーツの「相性問題」とかあるんでけっこう難しい。今でも自作したりしてます。いろいろ賢くなって、新しいマシン作るときも、1台、正常に動くものをキープしておいて、新しいのができてから前のをばらすようにしています(笑)。
はあ、なんか押尾さんの意外な一面を見せていただきましたね。これからのご活躍期待してます。ありがとうございました。
こちらこそ、どうもありがとうございました。

[ 引用元:押尾コータロー インタビュー ]

2005年

メジャーデビューされたのは30代に入ってからですが、20代のころはどんな風でした?
20代前半は、とにかくプロで活躍しているミュージシャンに憧れてました。それも、音楽的にどうのこうのというよりも、女の子にキャーキャー言われたい、外車に乗りたいとか、そういうレベルの夢を思い描いていました。当時組んでいたバンドではリーダーをしていて、オーディションにいっぱいデモテープを送るんだけど、返事は全然返ってこなかったり(笑)。
不安はなかったですか?
そのころはなかったです。オーディションに落ちても、同じように落ちたやつが周りにいっぱいいるわけで。「レコード会社に見る目がないんだよ」みたいな感じで、何も怖いものはなかったですね。ただ、27才を過ぎると、さすがに周りからも「いつまでそんなことやってるんだ」と言われるようになるんですよ。それはちょっとへこみました。スタジオ代などでお金は出ていくばかりだし、バンドのメンバーも「楽しいけど、これ以上続けられない」みたいな感じになって、必然的にバンドは解散。その後に、今のようなソロの形でやるようになったわけですけど。
ほかの道に進もうとは思いませんでした?
思わなかったです。僕に才能があるとしたら、音楽的な才能ではなくて、そこですね。後先考えないところ。とにかく、「贅沢は言わないから音楽で仕事がしたい」と。それで周りから何を言われても、全然平気だと思えた。それだけは自分を褒めてあげたいと思います(笑)。
9月発売のニューアルバム『Panorama』は旅をテーマとしたアルバムですね。最近はどこかへ行かれましたか。
行きたいところはたくさんあるんですが、プライベートでは最近なかなか時間がとれなくて。でも去年は「僕がずっと愛用しているギターの製作者に会いたい」という思いがふつふつと湧いて、ジョン.H.グレーヴェンという方を訪ねに、アメリカのオレゴン州、ポートランドまで行ってきました。
ポートランドはほんとに平和な、呑気な町で。家の地下にある工房を訪ねていったら、彼がとても喜んでくれました。僕のCDを飾ってくれてて、「お前のCD聴いてるよ」と言いながら、次から次へと新作のギターを弾かせてくれるんですよ(笑)。僕も「すばらしいギターを作ってくれてありがとう」と彼に伝えることができて、とても感動的でした。今回のアルバムに入っている「Friend」っていう曲は、彼に捧げる曲なんです。
『Panorama』のレコーディングには、山崎まさよしさんも参加されていますね。
最高ですね、彼は。彼がデビューしたとき、ギターも歌もうまいし、すごい人が出てきたなと思っていたんです。イベントで偶然会ったときに「いつか一緒にできたらいいね」という話になったんです。内心、無理かなあと思ってたら、彼も本気で考えてくれてて。ますます好きになりました(笑)。今回はそれがうまくいったんですけど、またレコーディングかライブか何か、一緒にできたらいいなと思っています。
お休みの日は何を?
DVD観賞とかかな。今のお気に入りは海外ドラマ『24(TWENTY FOUR)』です(笑)。あと、メカ好きというか新しいもの好きです。パソコンも、パーツショップに行って、自分でバージョンアップするほど。アコースティックなことをやっているのに、意外にデジタル好きなんですよね(笑)。
どんな女性がタイプ?
笑顔がきれいで明るい人、きちんと相手の目を見て話してくれる人。ただ、僕はデート下手。無計画なんですよね。ふらふらっと歩いていって、「あ、今思いついた、これ行こう」とか。一般的な映画を見て食事をしてっていうデートコースを期待している女性は、だいたいがっかりするかも。大昔にデートしたとき、「私はこんなに計画してるのに」って彼女に怒られたこともある(笑)。だから、やっぱりフィーリングが合うのが大切かな。
最後に、エスカーラ会員へメッセージを。
趣味でも何でもいいから、何か自分に合うものを見つけてほしいですね。最初から自分には才能がないと諦めないでほしい。もしかしたら思わぬ才能が後から出てくるかもしれないし。お金を稼ぐ、仕事にするとかじゃなくても、何かをスタートさせることによって夢や希望が持てるし、好きなことがある人のほうが、絶対魅力的なんですよね。カメラが好き、イラストが好きとか、旅先でボランティアに目覚めるとか。そういう何か「やりたいこと」が見つかったら、人生は本当に楽しいと思います。

[ 引用元:escala cafe|押尾コータロー インタビュー ]

2006年

キラキラと艶のあるアコースティックギターを抱えてソファーに座った押尾コータローは、それまで見たこともないようなとびきりの笑顔を見せる。ギターが愛しくてたまらない。言葉にせずともそれがみてとれる笑顔だ。「ギターは…相棒ですね」と本人。長い指で弦を弾くと温かい音色が響く。ずっとそばで聞いていたくなる音色、心が温かくなる音色だ。この音を聞くと、どうしてみなが押尾に惹かれるのかが分かる。

メジャーデビューは2002年。同年に映画音楽も手がけ、押尾はテクニックだけに極端に走らず、メロディーを重視した楽曲で幅広い層にアピール。彼の温かくて元気になるサウンドは多くの人に受け入れられた。ここ数年、アコースティック・インストルメンタルが、いわゆるメインストリートの音楽作品と一緒に音楽チャート番組で紹介されるようになった。押尾はそうした動きを引き起こしたアーティストの一人だ。「そう思っていただくのはありがたいですね」と、本人は照れる。

アーティストだけじゃなくて、ここ最近はギターをやりたいって人が増えましたね。僕の場合ですけど、押尾のテクニックを盗みたいギターキッズとか、僕よりも上の年代の人でギターをもう一回弾いてみたい人だとか。子育てで大変な人たちが行ったこともない楽器屋に行って、『押尾コータローやりたい、でも予算は3万円…』って言ってくれたりするみたいです(笑)。このあいだは、韓国からメールが来て。ビデオが添付されていたんですけど、10人ぐらいで『せ〜のっ』て僕の曲を弾いてくれたんですよ。そういうの見たり聞いたりすると、すごくうれしい。多少なりとも僕が昔憧れていたアーティストの存在に少しずつ近づいてきているのかなって感じてます。だから頑張んないとって思いますね。

そうした期待に押尾はライブで応える。昨年の10月から12月の約3カ月間、押尾はツアー「Panorama Tour 2005」で、全国29カ所を巡った。旅をテーマにして作った最新アルバム『Panorama(パノラマ)』を引っ提げてのツアー。印象の強かった場所、まだ未知の場所を思い描きながら、また旅をした。そして、感動した。

福島県とか山形県とか、それまでにあまり行けてなかった場所に行ったんです。大阪出身である僕が行っても、お客さんがしーんとして聞いてるんじゃないかなって思ってたら、意外と最初からすごい盛り上がりでね。僕の想像以上に盛り上がっている土地があったんだなって(笑)。東京公演の時は、お客さんに『♪ラララ〜』ってフレーズを歌ってもらったんですけど、ワンフレーズ僕が歌い、リピートしてっていうのをやろうと思ったら、ワンフレーズ歌っただけで残りを全部歌ってくれた。それにはきょとんとしちゃいました。沖縄では沖縄色を出そうと思って、沖縄のフレーズを弾いたら、そこからものすごい乗り出して、逆にビビっちゃって。その盛り上がりを前に『今日はコンサート終わるのかな』なんて思っちゃいました。『Panorama』でまたすごいいい旅ができました。

押尾と2階、3階席まで埋まった会場がガチッと「Chain of friends(友達の鎖)」でつながった。その瞬間を収めたライブDVD『Chain of friends〜Panorama Tour2005〜』も22日に発売される。長いツアーを終えて、押尾は今もっぱら次回作を製作中だという。

生音を忠実に再現した音、エフェクターをがんがんに使った音。そういう極端なのをバランスを取りながらやっていくのがいいかな。最近一番いいなと思ったのは、沖縄でロケをしていたときにぽろ〜んって弾いたやつで。波の音が入ってたり、すごくいい音がしたんですよ! これがアーティストかなっていう音。(笑) リラックスしていて、そういうのもアリかなって思うんだけど、それをやっちゃうとギターキッズは痺れないかもしれないですよね、地味〜って思われちゃうかも。ただ、YMOなんて毎回出すたびにファンを裏切ってたでしょ。裏切るんだけどかっこいいの。そういう裏切りみたいなものも必要だと思うんですよね。

スーパー・ギター・プレイヤー、押尾コータローは新しい実験を繰り返す。そうして彼はどんどん「Chain of friends」をどんどん長く、そして強くしていく。

50歳になっても60歳になってもギター一本で舞台に立ってる。この感じを崩さずにいけたらすてきだなって思いますね。

と本人は語る。 今日も、明日も、あさっても、これからもずっと、押尾は “相棒”を愛でながら新しいサウンドを奏で、私たちを楽しませてくれることだろう。

[ 引用元:TOKYO HEAD LINE web[vol.243] ]

LIVE DVD 「Chain of Friends 〜 Panorama Tour 2005」を拝見したんですけど、ギタリストのワンマンツアーなのに女性が多かったのが意外でした。
僕のコンサートでは、そんなにギターを知らない人や女性の方も観にきてくれるんです。 5 歳の子がいると思ったら 70 歳くらいのおばあちゃんもいて、自分と同世代の人もいれば、 20 代のギターキッズもいてっていう感じで。すごく幅広いんですよね。
照明とかもすごくきれいですよね。
照明はこだわってますね。大体、ギターソロコンサートって照明に凝らないじゃないですか? でも僕はギターのソロでも、視覚的効果で全然違う聴こえ方をすることもあると思うんです。僕は J-POP も好きでコンサートにも行くんですけど、照明でさらに感動したりするじゃないですか? スモークとか出てきたら「かっこえー!」ってなるでしょ。そんな効果をギターソロでもやりたいなと思って。
照明によって、さらにステージが楽しめました。その中で、押尾さんが観客を見ながら演奏されてたのがとても印象的で。一緒に楽しみたいという思いが伝わってきました。
それもね、「客席を見ないで、ギターに集中したほうがいい」と言われる事もあるんですが、曲によっては客席とのコミュニケーションもありだと思うんです。「目と目があった!」みたいな。でも、実際客席見ながら弾くのも結構難しいんですよね(笑)。
そうですよね(笑)。でも、押尾さんの楽曲って女性にも聴きやすいと思うんですけど、楽曲を作るときに一番大事にしていることって何なんですか?
歌モノの音楽を聴いたときに、「この歌詞のこのフレーズがいい」っていうあの感覚をギターでも持っていたいなと。簡単な曲をポロ〜ンって弾いている時、女性の感性はすごいなぁと思うんですよね。テクニカルなことをやった時、男性だと「今のどうやったん? もう一回やってよ」ってなるんですけど、女性はあまり反応しないんです。ポロ〜ンと弾いたメロディを「優しい曲で今のいいな」っていう感覚というか。男ってギター小僧になっちゃうんですよね。「こういうテクニック入れたらいいやん」みたいな。でも、ギターをやっていない人は「そんなのいらん」って思うわけですよ。テクニックももちろんいるけれど“思い”が大事ですよね、やっぱり。
確かに。女性ってテクニックよりも、この曲いいなって思うメロディーに反応しちゃいます。いいなってところでは、今回、 DVD にブックレットが付いてますね。
このブックレットいいですよね! 前作は DVD が出たっていうだけで感動したんですけど、今回はブックレットがついて、しかもカバーまでついてる。内容はもちろんなんですが、パッケージもいいのができたなぁと満足です。
ブックレットの最初のページに押尾さん直筆のコメントが書いてあって。そのコメントを見ていると、嬉しいんだろうなって。
正直、嬉しいですよ。自分でも普段、 CD や DVD をジャケ買いしたりするので、パッケージにもこだわりたかったんです。紙質も選んだりしますよ。
インタビューもあり、写真もあり、読み応えもありと、お得感いっぱいですよね。
この DVD で初めて押尾コータローを知った人でも、僕がどんな人物なのかということが非常にわかりやすい内容になっています。
押尾コータロー初心者にもオススメの 1 枚だと。じゃあ、 LIVE DVD がリリースされました。今後の活動としては?
これからもソロでやっていきたいということと、大きな会場でいかに良い音を聴かせられるかということですね。あとは、そろそろ誰かと一緒に何かやるっていうのもいいかなと。以前に、大阪でビックバンドの共演というのがあったんですけど、それが意外に良かったんですよね。いろんな方とのコラボレーションも楽しみたいです。
ソロ以外の押尾さんも見てみたいです! 今回、 DVD を拝見して、「これは生で見ないと」って思ったんで、次は是非生で!
是非見に来てください!

[ 引用元:押尾コータロー / ::: AI MUSIC ::: ]

DVD、ぼくも見させていただいたんですがドキュメンタリーあり、インタビューありと盛りだくさんで、「押尾コータローという人」を見せるような内容になっているなと感じたのですが、それは意識されましたか?
今回のライブステージはCSで生中継されたものがあったんですけど、やっぱりそれと同じものを出すわけにはいかないと。「せっかく出すんだから別の作品にしなくちゃ」という意味では意識しましたね。さすがに生中継では裏まで見せている余裕はないですからね(笑)。
スタッフがこういうふうにライブを作っているんだということを盛り込んで、生中継も見ていない、押尾コータローを知らないという人に「あ、押尾コータローってひとりでステージに立っているけど、舞台裏ってこういうふうになっているんだ」って見てもらえるかなって思うんですよ。
ライブを初めて見に来た人が「この人緊張しないのかな?」、「いえ実は緊張しているんですよ」って(笑)。「そこまで見せてしまっていいの?」ってところまで見せちゃったんですよ。「まあいいか。全部見てもらおう」と。
ライブを作り上げていくスタッフとの一体感とか、終わった後のなごやかな打ち上げとか。そういったものが伝わってきますよね。
そうですね。
押尾さんの場合、演奏する楽曲によって違うと思うのですが、1回のライブで使用するギターは何本くらいですか?
もしもの場合の予備も考えて……。今回ツアーには何本くらい持っていったかな?
予備も入れると14、5本になると思います。(マネージャーN氏)
14、5本ですね。予備といっても同じチューニングのものを2本ずつということではないんですよ。で、何本くらい使ったかな?
おそらく10本弱ですね。(N氏)
え?10本も使った?
ええ、10本弱ですね。(N氏)
そんなに使っていたんだ。けっこう使っていますね(笑)。
やはりこの曲を表現するにはこのギターがいいんだ、というこだわりで?
それがねー。ぼくはあんまりこだわるほうではないんですけど、スタッフに音の違いがわかるんですよ。微妙な差であればどのギターでもいいと思うんですけど、明らかに違うんですよ。それも素人耳ではわからない、というレベルではないんです。普通の人が聴いてもわかってしまうくらい違ってしまうんですよ、ギターって。だからどうしても使うギターが変わるんですね。
もちろん初めて来るお客さんにも良し悪しがわかってしまうから、エンジニアも一生懸命加工するんですけど、そのギターの特性を壊してまで加工してしまうのはどうかな、とね。このギターはバラードでしっとりした曲には合っているけど、ガンガン弾く曲にはどうかな?って。ギターの(ボディ)の大きさもあるじゃないですか。この曲にはこれがいいとか、ってなってくると、結果的に10本近く使うことになってしまうんですよね。
なるほど。DVDで見逃してしまったのですが、いろいろなメーカーのギターを使われると思いますが、特にこれでなきゃダメ、みたいなことはないですか?
うーん。そうですね。一番好きなのは、ぼくが高校3年生のときに師匠の中川イサトさんに紹介していただいた「グレーベン(GREVEN)」というポートランドのメーカーのギターなんですけど。ぼくは30歳までそのギター1本でやっていたんです。長い付き合いということもあって、もう1本買うならやっぱりいうことでグレーベンにしたんです。情、というか。いっぺん決めるとずっとそれでいきたいという性格なんですね、ぼくは。
スタッフに関してもそうなんですが、この人と決めたら、ずうっとこの人とやっていきたいなって思うほうなんです。ギターでもそうなんですけど、それでも人から「これもいいよ」、「あれもいいよ」っていうことがどうしてもあって、もちろんそのなかには国産のギターもあってね。「じゃあ、どれだけベースの音を出せるのかな」って試したり……。国産だからダメっていうこともなくて、つながりですよね。その人の思いが伝わるようなギター。ぼくも言いますよ「このギターここをこうして」って。
特にピックアップマイクに対してはそうなんですけど。ギターがよくてもこのピックアップマイクの性能がよくなかったら、ライブでピーとかガーとか鳴って使い物にならないことになるんで(笑)。そのへんはライブに直接来てもらって、リハーサルとかちゃんとやって。
やっぱりそういうことがあると「使ってあげたい」、「なんとかしたい」という気持ちになるんで、「これでなきゃダメ」っていうのは、そのつながりがガシッとできたときですよね。この人が言ってるからこれ使うって感じですね。
なるほど。メンタルな部分でのつながりも押尾さんにとっては重要なんですね。
そうですね。愛媛県にまだ若手の30歳になるかならないかくらいのギター職人さんがいるんですけど、亀岡さんっていうんです。その亀岡さんが作るギターが、これがまたすごくいいギターなんですよ。そのギターにもっともっとよくなってもらいたいから、ぼくもいろいろ言うんですけどね。「もっと低音がどうの」、「お前に言われる筋合いはない」みたいなね。(一同笑)
だからってわけではないんですが(笑)。まだまだここをこうしたら、ああしたらってところがあるので言わせてもらってるんですよ。これからを期待しているんです。愛媛県の亀岡ギター。
おひとりでやっているんですか?
まだまだひとりで、自分の工房のなかで作業しているんですよ。普通の部屋のなかで作っていると思いますよ。
そういう情熱にほだされちゃうんですね。
ええ。
現在の押尾さんのメインギターは、やはりグレーベンですか?
やっぱりそうですね。鳴るというかエンジニアも鳴らし方がわかっているっていうか。それとピックアップマイクもすごく重要なんですね。これは東京でひとつひとつハンドメイドでピックアップマイクを作っている方がいるんですよ。
で、ギターを持っていくとサウンドホールから手を入れて、ボディの表板の裏側にはるんですが、あーでもないこーでもないといいながら、あちこち移動させて調整してくれるんですよ。エムファクトリーというピックアップシステムなんですが、そこはこだわっていますね。
ぼくのスタイルには合うんです。ほかのメーカーのものもいろいろ試すんですが、50人くらいのキャパだったらどのピックアップを使ってもナチュラルに響くんですね。ところが1,000人くらいになるといかにハウらないか?とかね(笑)。会場中を回って弾いて歩いてもきちんと対応できるかというと、そういうふうには作られていないのでね。そういう使い方をしてもがんばってくれているのが、このエムファクトリーなんです。
ライブの映像のなかでギブソンの小ぶりなモデルをマイクでじかに拾っていましたよね?
マグネットピックアップマイクですね。あのギターはピックアップマイクをつけられないんですよ。いつもグレーベンを買う神戸の代理店ヒロコーポレーションの富田さんというオーナーがいて、富田さんは頑固親父でですね(笑)。で、富田さんが「押尾。こういうエレクトリックなものに頼るのもいいけど、生でやってみい、ライブを」って言うわけですよ。もちろんおっしゃるとおりだと思うんですが、1,000人くらいになると一番後ろのほうの人は聴こえない。せめてマイクはつけようと。一番ナチュラルな感じがとれているかなあって思うので、あのコーナーはすごく大事にしているんですよ。
マイクで音を拾って、1,000人くらいの会場でやるのはセッティングがものすごく大変なんだというお話を聞いたことがあります。
そうですね。でもそこら辺、渡辺香津美さんなんかはけっこう生に対するこだわりがあって、クラシックホールでも四隅にスピーカーを配置して空間を作ったりしているようですよね。そこはあまり開発していなくってね。
ぼくはモニターの音は多少は我慢するから、会場の音を良くして、っていうほうなんで。もちろん自分も気持ちよく聴けるのがいいんですけど、会場の音はベストな状態にしたいなって思うんです。一番後ろの人が聴いても、聴こえるっていうね。その辺はこだわりたいですね。
サウンドチェックを含めて、かなり時間をかけるほうですか?
エンジニアとローディーとスピーカーのチューニングをする3人のスタッフがいるんですが、この3人が集まるとすごいんですよ(笑)。もう何の心配もいらないんですよ。
ぼくがリハーサルをするときには文句なしの状態になっているんです。今回のツアーでも全部同じ機材で、同じチームなんですね。それを違うハコ(会場)で、その会場に合わせたチューニングをしてくれるんですが、常に同じ音です、ぼくのモニターは。
何の問題もないですよ。これはすごいことですよ。それはもう大変だと思いますよ、会場の天井の高さが違うだけで全然違ってきますからね。その辺もノウハウを生かしてスピーカーのチューニングをするんですね。とかくエンジニアが評価されがちなんですが、そのスピーカーをチューニングする人の技術が、とにかくすごい。
前回(一昨年)ツアーをしたときに、すごいやりにくい会場があったんですよ。なんかモニターからのエフェクトのかえりも悪くて、デッドに聴こえて。でも客席からは音が良かったって言われたんですよ。「いや、おれやりにくかったけどなあ(笑)」って印象があったんだけどね。で、今回(去年)はスピーカーをチューニングしてくれるスタッフがいっしょに行ってくれたので、全然心配なかったですね。会場への外音も、モニターの音もちゃんとチューニングしてくれたんです。
イヤーモニターも使っていらっしゃいますよね?
客席でギターを弾きながら回る場合には、あれは使わないとタイムラグっていいますか、自分がジャッって弾いたのが遅れて鳴るので、どんどんテンポが遅くなっていくんですよ。(一同笑)
これはだめだと思ってね。手拍子はリアルに聴こえるでしょ。これはまずい、ということで使うようになりましたね。ないと弾けないですね。
なるほど。押尾さんの人気に比例して、会場もどんどん大きくなるじゃないですか。ギター1本ってピックアップマイクを使わないと限りなく小さな音だから、音作りには大変苦労されているんだろうなあと思ったんです。でもそういうすばらしいスタッフの方がいらっしゃったんですね。
ええ。ぼくはもう全部オープンにして、ピックアップを作る技術の人からとかいろいろなノウハウを集めて、とにかく大きな会場でもいい音で出したいと思っています。ピックアップの性能に関してリクエストするんですが、会場が大きくなればなるほど、リクエストも多くなるんですよ。たとえば武道館でやったらどうなの?あの音が出るの?っていうのが楽しみでね。
今回も(東京国際)フォーラムCでやったんだけど、フォーラムAでやったらどうなるか、とかね。やっぱりすごく心地いい音を出せるかというね。(ご自身とぼくの距離をさして)この距離でやるのが一番心地いいわけなんだけど、バーチャルで1,000人、2,000人でも「ああ、いい音」って言って聴いてもらえることができたらいいなあ、と思うんですよね。
ひとりでリズムパートから、メロディーパートまで演奏されるという、たとえばマイケル・ヘッジスやタック・アンドレスといった人たちのギタースタイルを、押尾さんが選んでいったのはいつごろのことですか?
20代の後半ですね。最初に知ったのは高校3年生のころなんです。その奏法は知っていたんですが使いこなせなくて、ロックバンドに走った時期があったんです。
その後またアコギの世界に戻ったんですが、そのときに高校のころコピーしようとしたマイケル・ヘッジスやタック&パティみたいな奏法をしたいなって思ったんです。それが20代の後半だったかな。
日本でそういう奏法をしていたギタリストはいたんでしょうか?
地道に活動されている方はたくさんいました。でも、ぼくも含めてインストゥルメンタルっていうのは評価されにくいですよね。うん。なんとなくイメージだけでね。
クラシックギターもそうなんですけど、特殊な固いイメージを持たれていて、マニアの人しか来ない世界みたいなところがあると思うんですよ。もちろんマイケル・ヘッジスもそうですよね。タック&パティは(音楽そのものは)ポップなので、そういうポップなところにいて、マイケル・ヘッジスはアンダーグラウンドにいてマニアしかいかないみたいな。なんかその違いですよね。何が違うかと言われたら、まあ宣伝とかも違うんでしょうけどね。
そういうギタリストはたくさんいましたよ。悪い言い方かもしれませんが、アングラですよね。すごい人はたくさんいたけど、アングラなところはありましたよね。
押尾さんはそのアングラな場所から出てくることができて、いまや知らない人がいないくらいになった。そのポイントというのはなんだったのでしょう?
僕もまだまだですけど、言えるとしたらエンターテインメントに徹したところでしょうか。マイケル・ヘッジスもエンタテイナーだったと思います。日本では知られていなかったですけど、海外では評価されていたんですよ。
海外のギタリストのなかには、向こうでは売れているけど日本ではそうじゃないという人がたくさんいるんですよ。ぼくの場合は、ヘッジスの「エンターテインメント」の部分と、タック&パティの「カバーを演奏するおもしろさ」みたいなところにものすごく影響を受けているので、そういうところが評価されているのかなって思います。
だから「最初はオリジナル楽曲をやらなくてもいいな」って思ったんですよ。知ってる曲をギターで弾こうと思ったんです。アレンジをしっかりやればって。ぼくはラッキーなことに「奏法がすごい!」ということでラジオなどに取り上げてもらえるようになったんですね。
ぼくのまわりにはぼくよりすごい先輩方がいるというのに、ぼくだけピックアップされて「すごい! ひとりで弾いているとは思えない!」とか言われて(笑)。「じゃオレが代表でがんばろう」って言って(笑)。で、オリジナルも評価されるようになり、もっとがんばらなきゃなっていう感じなんですよね。
曲作りはそれ以前からやっていたんですよね?
そうですね。歌詞付きですけどね。ぼくが曲を作ってボーカルの人が歌ってくれてという活動をしていましたからね。はなからインストで作ったことはなかったんですよ。オリジナルにそれほど興味があったわけでもなく「自分で曲作るなんて……」。コピーをしていた方が楽しかったですね(笑)。でもやっぱりヘッジスみたいな曲を演奏したら評価されてしまって、「オリジナルがない! どうしよう」(一同笑)
「これは押尾さんオリジナルですか?」「いやいや、影響を受けてる人がいるんですけど、知らないでしょ? マイケル・ヘッジス」っていう展開になって(笑)。でもまあ、それはそれでいいかな、これから知ってもらえばいいかなって思ったんです。で、ぼくをはじめて聴いた人に「世の中にはもっとたくさんすごいギタリストがいるんだよ。みんなで聴こう」っていうポジションにいたらいいのかな、って思うようになりましたね。
ライブでやっている「ひとりメンバー紹介」のようなエンターテインメント性って、関心を持ってもらうためにはすごく重要ですね。
ええ。
そのなかでアリスの曲をちょこっと歌っていますよね。シンガーソングライターになるという選択肢はなかったんですか?
ずっと歌って弾くのが普通だと思っていたので、シンガーソングライターにはすごくあこがれましたよ。長渕剛さんとかね。ただ、それ以上にインストの世界にどっぷりハマってしまったんですね。でもマイケル・ヘッジスもライブで3割くらいは歌っていたので。ぼくは自分が歌うということにあんまり興味がなかっただけでね。
でも「そんなこと言わないで歌ってよ、押尾。……押尾くん」っていう(笑)、なんとなく空気になって「じゃあちょっとだけ歌う?」。でも、かたくなに「歌わない」ってのもどうかなと。でも歌いすぎるのもどうかなってのもあって、そのへんですよね。(一同笑)
なるほど。歌つながりでお聞きしたいのですが、メロディーを弾くっていうのはボーカリストのパートをやるってことですよね。
ええ。
そういう意味でボーカリストを研究するという作業はありますか?
うん、ありますね。最近ソウルフルに歌うボーカルから、その節回しをね(と言いながら抱えていたマーティンで実際に音を出して説明する押尾さん)。こんな感じのゴスペルな歌い方をするボーカリスト増えてるでしょ。日本ではMISIAもそうだしね。
特にギターがメロディーを奏でるときにはそういう節回しをいれないと単調になってしまうんですね。(実際に演奏しながら)単純にド、レ、ミって弾くのと、音と音との間のピッチの揺れとかもあるからそれを表現しないと。ピアノでもギターでも、その音をジャストに弾くと、「それで?」って感じでしょ?(一同笑)
そういうフレーズはボーカルから研究しますね。
リズムのグルーブとメロディーのグルーブって違いますよね。別々に練習してくっつけるみたいなことをしますか?
ああ、それも大事ですね、きっと。頻繁(ひんぱん)にやることはないですけど、ここのメロディーはどうやって歌っているのかってときには、分けてやることがありますね。
ソロでやっている音楽なのでトータルをまず考えますよね。で、詰まったときには分解してやる、という感じです。バックとメロディーのグルーブの違いを意識して演奏しないと、「ダイレクトにメロディーが聴こえない」って言われてしまうんです、うちのディレクター厳しいんで。悔しいじゃないですか「メロディーが立ってこない」とか言われると。言い返したいですけどね、「だってひとりでやってるんだし、難しいんだもん」って。(一同笑)
でもそれは言えないでしょ。じゃあメロディーが立つようにするにはどうしたらいいんだろうってことは考えますからね。
そうですよね。話は変わりますが押尾さんが最初に音楽やりたい、って思われたのはいつごろのことですか?
音楽したい、と思ったのは中学1年生のときのブラスバンドですね。
ぼくが担当したのは、最終的にはバスチューバ(リンク先は「チューバ」)っていう低音部でした。「ボンボンボンボン」っていう地味〜なやつですよ(笑)。本当はトランペットやりたかったんですけどね、その当時にしてはぼくは体が大きかったようで、やらせてもらえなかったんですよ。最初生徒手帳のページをちぎって、壁にあてて。
先生「ふーって(息を吹きかけるしぐさをしながら)、これを10秒落とさないでいられたら吹かせてやる」
押尾少年「余裕ですよ、10秒なんか。数えてください」
先生「じゃあいくよ、い〜〜〜〜〜〜〜ち」
押尾少年「先生、先生、ものすごい遅くないですか? その1秒」(一同爆笑)
半年くらいそれが続いて、まあ辞めていく人もいるわけですよ。毎日毎日壁に向かって息吹きかけて「もういやー」とか「やめるわ、やめるわ」って(笑)。ぼくは「トランペット、トランペット、トランペット」ってけっこうがんばったんですけど(笑)。
「おまえもう決まってるから、楽器」「え? トランペットじゃないんですか?」「いや、トランペットより大きいトランペットあるから」って(しぐさをしながら)こんなでっかいやつ。(一同爆笑)
それが最初の楽器体験ですか?
そうそう、最初です(笑)。
それからギターへいったんですね。
そうですね。それはもうわかりやすかったですよ。バスチューバってひとりでやってもその当時はおもしろくなかったんですよ。
先輩といっしょにね「よし、いくぞ。はい、イチ、ニッ、サン」「ぼぼぼ、ぼん、ぼん、ぼん、ぼん、ぼん、ぼん、ぼん、今どこやってんのかな?」。ぼくに四小節で区切りがあってという感覚が、まだないわけですよ。何回という覚え方していたんですね。「9回これを演奏したら次」って感じで。譜面が読めないので、「ぼんぼんぼん」の数を数えながらやっていたんですね。そしたら先輩が、「おまえ1個多いぞ」「おかしいなぁ、ぼく数えてましたよ」「数えるなそんなもん」って。(一同笑)
だいたいひとりでやっていてもどんな曲か見当つかないんですよ。「はい、じゃあ次、エルキャピタン」。「ぼぼぼぼんぼんぼん……。おんなじやなこれ」みたいな(笑)。マーチってみんな同じなんですよ。「はい、3曲目」「どうせおんなじでしょ、これも」「ぼぼぼ……」(一同爆笑)
それが、先生が来て指揮をとって全員が音を出すと「パッパカパー……」「ああ! この曲かー。知ってる知ってる」ってね(笑)。
ブラスバンドの練習の合間に、先輩がギターを持ってきて歌本見ながら、イルカさんの「なごり雪」を「汽車を待つ君の横で僕は……(演奏しながら)」って歌っているのを見て「あ、ギターっていいな。1本で表現できるんだ」と。バスチューバ担当だったので、よけいにそう思ったんですね。
歌本には怪しげなコードネームってのが書いてあって、「あれでなんで弾けるのかな」って思ったんですよね。それであこがれたんです。
同世代のやつにギターを弾けるやつがいるってことにあせるわけですよ(笑)。「ギター弾けるやつがいる!」ってね。フォークギターを弾きながら、松山千春さんとかやっているんです。そいつはやっぱり女の子にちやほやされている。
「ギター弾けたら女の子にもてるんやなぁ」って……。それはもうショックでしたね。「おれバスチューバやってるんだ!」って言えなかったですもの。「じゃあやってみて」「ぼぼぼぼん……」ってね。(一同爆笑)
大人になってよく見ると、バスチューバでソロをやっている人もいますけどね。中学生のころはやっぱりバスチューバよりギターの方がカッコよかったですから。せめてトランペットならね。カッコいいですからねー。それで「ギターやろう」と思ったんです。それが中2ですね。
最初はフォークだったんですね。
日本のフォークですね。
そこからインストゥルメンタルにいかれたわけですが、きっかけはなんだったんでしょう?
きっかけは高校3年のときに、当時はBOOWYやチェッカーズ、ハウンドドッグがはやっていたんですが、そういう音楽も聴いていたりして。でも高校生くらいから音楽の志向がマニアックになっていくんですよ。「おれはそんなんは聴かない」とか言うようになってね(笑)。
ぼくはフォークソングクラブというのに入っていたんですが、長渕剛さんが好きで「長渕、長渕」言うてたんですよ。そしたら先輩に「長渕もいいけど、かぐや姫も聴いてみろ」と。「なんすか、そのかぐや姫って?」。それから「拓郎とか聴けよ」「はい。じゃあ聴かせていただきます」って感じでかぐや姫とか吉田拓郎さんを知っていくんですね。
ある日OBの人が来て、「おまえら関西フォークを聴きなさい、関西フォーク」「え? なんすかその関西フォークって」「いいから探してみなさい」。で、レコード店で探したんですよ「関西フォーク、関西フォーク……」「あった! 中津川フォークジャンボリーの……、あるあるある」で、友だちと手分けして「おまえこれ買いなさい、ディランII。おれは……、この加川良さんっての買うから」って。
そうやっていろいろ聴いているうちに、ふと耳にとまったのが中川イサトさん。この方は歌も歌っているんですが、インストもやってる。そのインストのテイストが、アメリカンなラグタイムギターだったんです。それがぼくには心地よかったんです。
「うん、これだな」ってインストに目覚めたんです。で、その中川イサトさんという方は関西でギター教室をやっている、という情報を入手したんです。しかも梅田で。「お、近いやん!」。それで月謝を払ってギターを直接教えていただくチャンスに恵まれたんです。それまでは教則本「中川イサト/ミスターギターマン」を2冊熟読していたんですよ。自分のなかでは「もうイサト、完璧(かんぺき)!」って思っていたんですね(笑)。高3の分際で「完璧やー」って思っていたんですからね(笑)。で、ご本人に「ミスターギターマン1と2読んで、もう完璧ですよ」って言ったんです。そしたらイサトさんが「その本は15年前に出したものだよ」っておっしゃって、15年たってずうっと進化されていてオープンチューニングやタッピングといったマイケル・ヘッジスやタック・アンドレスの世界をとっくに知っていらっしゃったんですね。そういう経緯でいろいろなギタリストを教えてもらったんです。
そこからさらにのめり込むんですよね。「中川イサト以外に、こんなにすごいギタリストがおるんや」って。たんにフォークソングをやっているだけじゃなくて、そこからさらに何かを探そうと思っていた時期でしたからね、ちょうど。そのなかでフォークの原点を知りたいなと思って洋楽のサイモン&ガーファンクル、PPM(ピーター・ポール&マリー)とかそういう代表的な音楽は聴いていたんですね。そこで中川イサトさんに出会えた。
何年くらい習われたんですか?
高3のときに1年間です。1年たってぼくはミュージシャンになりたいと思ったんですよ。就職はしたくないし、大学行くなら音大に行きたいって思ったんですが「無理」って先生に言われて。それにはある程度基礎理論ができないといけないから「無理」ってことなんですけどね。だったら専門学校へ行こうと。
東京にパン・スクール・オブ・ミュージックっていうところがあって、ミッキー吉野さんが学長をやっていたんですね。ぼく、ゴダイゴのファンだったので「あのゴダイゴのミッキー吉野の学校に行きたい」と東京に出ることになったので1年しか学べなかったんです。
イサトさんにその話をしたら「東京に行くなら、岡崎倫典というギタリストがいるからそいつのところに行ったらいい」と紹介していただいて、岡崎さんに教えてもらうことになったんです。
岡崎倫典さんに習われたんですねー。
そうなんです。専門学校で音楽を学びながら倫典さんにはアコースティックギターを習っていたんです。アコギはずうっと続けていたんです。
ロックバンドはその当時やっていたんですか?
ええ。専門学校のギターソロのワークで、ぼくがソロを弾くと「すごいギターを弾くな」と学生の間では話題になるんですね。「あんなの初めて見た!」「バンドいっしょにやろうよ」ということでバンドを組むことになったんです。ぼくも「バンドで一発当てたいなー」って普通に思ったわけですよ(笑)。
そのバンドに賭けていたんですが、しばらくやっているうちにリーダーが思うところあってアメリカに行きたいって言いだして。それで解散してしまうんです。ぼくはショックでしたねー。途方に暮れていたとき大阪の友だちから「東京じゃなくて大阪でもできるだろ」と声をかけられ「よし、荷物まとめて大阪帰ろう」って大阪に帰ったんです。で、大阪でバンド活動がしばらく続くんです。
その友だちはドラムで、ぼくはギターでしょ。ベースとボーカルとキーボードがいればいいかなってことで募集したんですが、なかなかベーシストの連絡がなくって……。ほかは来るのにね。「じゃあギター募集しよ。おれベース弾く」「おまえ、ええんかそれで」「うん、大丈夫。弦2本少ないし、そっちの方が楽そうじゃない(笑)」って。「ギターの人は足でスイッチをパチパチ踏むでしょ。でもベースの人がそうやっているのは見たことないし、このほうが性に合ってるかも(笑)」。
そこから7年くらいロックバンドでベーシストをやるんですよ。アコギとは疎遠ですよね。とにかくベース練習しないと。まわりにうまいやつがいっぱいいましたからね。
ぼくがリーダー兼雑用係だったので、メンバーが辞めれば募集したり、オーディションへの応募の資料を作ったり。いろいろやっていたんですが、27歳のころ、あるメンバーから「辞める」と言われてもう次を募集する意欲がなくなっちゃったんですね。それで解散です。
めんどくさかったのもあるんですよ。ライブハウスで演奏するにもチケットノルマとかあるしね。お客さん入らないし……。もっと気楽にできるスタイルをとろうと思って、タック&パティのスタイルでできるようなお店を見つけまして。20人くらい入るお店で、ノーチャージで「お客さん入ったら何パーセントかあげる」っていう気楽な感じで。今までバンドだったのが、タック&パティのようなボーカルとギターというスタイルで、イサトさんに教わったパーカッション的な演奏を交えてやったら、それがうけたんですよ、バンドやっているころより。「おいおいバンドの7年間はなんだったんだよ」と(笑)。
そのうち押尾くんのギターだけ聴きたい、という声も挙がってきて。まあソロというスタイルはあんまり考えていなかったので「どうしよかな?」と思ったんですね。でもまあやってみよう、ということでなんとなくやり出したらそれがけっこう楽しくてね。
一人だと気楽なんです。ぼく、けっこう気を遣うほうなんですよ。メンバーとかまわりの人とかにね。一人でやっているとしゃべらなくちゃいけないでしょ。バンドやデュオだと、ボーカルがしゃべってぼくは横でチューニングしていればいいだけだったけどね。でも言っていいことといけないことはわかっていたので、お客さんがシーンとしていても「いやあ今日はいい感じで盛り上がっていますねー」って言わなくちゃいけないとか(笑)。(一同笑)
そこでコミュニケーションをどうとるかを身につけてきたんです。そのうち一人でやることがメインになって……。
紆余曲折(うよきょくせつ)、経ていらっしゃるんですね。
それがあったから今があるんですね。
ベースをやったことは、ギターで低音部を出すことに役に立っていますか?
相当役に立っていますね。それと、バンドをやっていたことで人とのセッションも平気でできますね。けっこうソロギタリストの方でセッションしたがらない人もいらっしゃるんですが、一人で完結していますからね。ぼくはそのへん、拒まず誰とでも「セッションしましょう」という感じでできるんですね。それは大きいですしね。
最後に今、ギターを演奏する人が増えていますが、これだけはきっちりやっておこうということがあったら教えていただけますか?
人前で弾くことですよね。人前で弾くことが一番勉強になりますね。ストリートでやっている人はそれを切実に感じていると思うんですね。それが無理でも、家で親にちゃんと声をかけて演奏するとか。とにかく人前でやってみて気づくこと、たくさんあるんですよ。
あんだけ練習したのに、いざ本番となったら緊張して全然弾けない。親でも兄弟でも、人前に出るとちゃんと弾けない。「あれ、さっきまでできていたのに」って。これが一番学べますね。練習でやったことの50パーセントも発揮できないことがあるんです。緊張して妙に汗が出てきたり……(笑)。そうやって実戦で学ぶしかないですね。
人前で演奏するということですね。
それが一番だと思いますね。
なるほど、よくわかりました。今日はお忙しいなか、ありがとうございました。
こちらこそ、ありがとうございました。

[ 引用元:押尾コータローさんインタビュー - Guitar Labo ギターラボ Yahoo!オークション ]

2007年

いつもギター持っていらっしゃいますね。 やっぱりすぐに今ここで弾いてくれとかってお願いされちゃいます?
そうですね、お願いされる時もあるし、お願いされなくても「そういえばあの時のCMのあの曲さー」みたいな感じで「こんなやつ?」みたいな勝手に弾いたりとか。常に耳がダンボ状態で、どんな音楽も気になったらすぐにどんなメロディになんのかなーとか、電車の発車の時の音楽とか…ドソレソ…ミ?…ん?こうかな?みたいな感じで。
押尾さん、絶対音感があるんですか?
僕は相対音感なんですけどね。でもつねに頭ン中でつい分析しちゃうんですよね。気になった音はついギターで弾いてしまうんです(笑)。
いやいや、みんな羨ましいんですよ、何でも音に出来ちゃうのは。じゃあもう常に頭の中は音楽が鳴ってる感じなんですね。その感覚はもうギター始めた頃からずっと?
ギター持つ前からですね。ギター持つ前は中学の頃にブラスバンドに入って、それがまあ音楽の目覚めだったかもしれないけど、ちっちゃいころはもうずっと歌ばっかり歌ってて。そのうちベンチャーズのレコードがいつも鳴ってて、それでインストに目覚めたんですよね。ギターは中学2年くらいからですね。
じゃあ、一番最初に、これが自分の原音楽だ!みたいな曲って何だったんですか?
歌モノでいうとアリスの『チャンピオン』を弾き語りでやったのが最初ですね、インストだと『禁じられた遊び』かな。
さて、今回の『Nature Spirit』というタイトルなんですが、このタイトルには何か思い入れとか?
今まで色々アルバム作ってきて、今回で6枚目になるんですけど、今まで自分は忙しいって意識なかったんですよ。忙しくて大切な時間を忘れてたって言うか、自分じゃ全然そんなつもりなかったんですけど、常にベストを尽くしてやってて、ぼうーっとする1人の時間すらもったいないって感覚が知らないうちに習慣になってたんですね。それでたまたま公園に行ったとき、緑とかぼんやり見てたらそういう時間を過ごす感覚とかって忘れてたなーって気づいたんです。それでちょっとしばらくお休みもらって旅行とかして、目の前に広がる変わらない大自然見てたら、ほんとに自分の考えて悩みとかってちっぽけだなーっていうか、そういうどこ行っても変わらない自然体の自分て昔はあったよなー、ってふと思ったんですよ。自然体だったあの頃に戻れるような曲を作ろうと。きっとおんなじような思いをしている人がいるじゃないかな、そんな気がして。そういう人たちに聴いてもらいたいな、って思いで『Nature Spirit』ってタイトルにしたんですよ。
確かに、今回のアルバムを聞かせて頂いた時に、すごく都会の喧騒とは離れて、自然の音に同化するような心地良さがあって、これまでの押尾さんのアグレッシブなイメージとはちょっと違う気がしました。
うーん、僕もそういうのって今まで感じたことなかったし、偉そうに自然にもどれ、みたいなことじゃなくて、忘れてない?みんな、ちょっと働きすぎじゃないの?っていう感覚かな。 そういう時間って失ってるかもってなかなか気づかないでしょ?自分ではちゃんとやってるつもりでいて。僕と同世代の人たちなんてけっこう有給はたまってて全然使ってない人とかね。だから有給使おう、みたいな(笑)。
お正月にNHKで放映されるドラマの曲も収録されてますよね。この曲はドラマのために書き下ろされたんですか?
そうです。『ファイブ』っていう社会人バスケット・ボール・チームの実話を基にしたドラマなんですけど、君塚良一さんの脚本が面白くって一気読みしちゃって。
『Rushin'』と『My Home Town』がその曲ですね。
そう。主人公がバスケの実業団チームをリストラされて、やっと雇われたのがものすごい弱小チームなんですけど、そこで優勝しないとまたクビになるっていう窮地に立たされながらも必死でチャンスを掴んで行くっていうスポーツ人間ドラマで、『Rushin'』では、夢に向かって突き進んでいこう!『My Home Town』でその情熱を支える家族の愛を伝えたかった。他にもアルバムに収録した『Buzzer Beater』も、このドラマのお話しがあってできた曲。『Buzzer Beater』っていうのは試合終了ブザーが鳴る直前のキラー・シュートの意味で、ゲームが終わる最後の最後まで諦めるなよ、って意味合いで作った曲です。最初のジャーン!ジャーン!!っていうのはドリブルをイメージしてます(笑)
このドラマではほかの押尾さんのギター曲も使われてるんですか?
そうです、アルバムに入りきらない曲も、ドラマ全編で使われてます。ストーリーも面白いし、ぜひ観て頂きたいです。
今回はジェイク・シマブクロさんも2曲一緒にされていて、オリジナル曲もハワイで作曲されたんですか?
ほとんど日本で作曲したんですけど、ハワイではジェイク・シマブクロと一緒にやった2曲をレコーディングしました。
そのジェイク・シマブクロさんと一緒にレコーディングされることになったきっかけは押尾さんから?
そう、ジェイクの噂は前々からすごいって聞いてて、それで実際にアルバムとか音楽聴いてみて、ほんっとに凄くて、んでDVDとかプレイ見てたらさらにぶっ飛んで、なんかウクレレで凄い人がいるなー、なんか自分と同じ空気感じるなーって。それからずっといっぺん逢いたいって思ってたんです。そしたら情熱大陸のライブで一緒になって。ジェイクと会ったのはそれがきっかけで。
ウクレレ・マスターとアコギ・レジェンドの記念すべき出会いですね。
そう、それでプログラムを一緒にやることになって。なんかスタッフとかそこにいる人たちの思うことっておんなじで、超絶技巧プレイヤー同士でやってみたらオモシロいだろってなって。それで僕とジェイクと、それからピアニストの小曽根真さんが加わって、初セッションが実現。そこですっかり仲良くなったんです。そのあとジェイクとは僕のラジオ番組のゲストにも来てくれて、その時に彼のプレイもそうなんだけど彼自身の人のよさにも惚れ込んじゃって、今度いつか一緒にレコーディングしたいんだけど、やってくれるかなって聞いてみたら『やるやる!』ってで言ってくれて。『そう、じゃーマネージャーに聞いてみるよ』なんていわれるかと思ったんだけど(笑)2つ返事でOKしてくれたんですよ。
じゃあビートルズの『IN MY LIFE』を選んだのもお二人で選曲を?
『IN MY LIFE』を選んだのは僕なんですけど、ジェイクのアルバム『My Life』ってアルバムにこの曲が1曲目に入ってるんですよ。彼は僕より10歳年下で若いんだけど、それでもやっぱり自分のウクレレ人生について色々考えることがあったというか、あったんじゃないかな。確かにこの曲はビートルズの曲の中でも好きな曲のひとつではあったんだけど、ちょうど自分の人生とか音楽人生とかに考えるようになって…いつまで自分の音楽やっていけんのかなーとかってしんみり考えたりね(笑)。一つ一つの事、出会いも全て大切にしていきたいと一層強く思うようになった。だから、この曲二人でやってみようってリクエストしたんです。
そのジェイクさんとのレコーディングで苦労したこととかありました?
ないです!! まったくナイですねー。でもジェイクが苦労したかも知れないですけど(笑)。
え〜そうなんですか?(笑)
いや、ジェイクってほんっと、まじめで誠実な人で。例えば、彼が突然、いまボク1箇所間違ったって言うから、どこ?え、そうだっけ?って聞いたら、オシオのこのハーモニクスの部分を自分はこう弾いちゃったから音がぶつかちゃって良くないんじゃない?って。いいよいいよ、これがいいよ、オーケーオーケーって僕が言うと、オシオがいいっていうなら大丈夫かなって、自分のレコーディングみたいにすごくちゃんと取り組んでくれて、なんかそういうジェイクのひたむきさに、すごく愛を感じたんです。
じゃあDVDにはそんなハワイでのオフショットやライブ風景が収録ということですよね。
そう、初回限定盤のみ!DVDが付いてます(笑)
ですよね(笑)押尾ファンにとっては映像付きっていうのは大事なハズせないポイントですから(笑)。
ほぉー♪(笑顔)
本当です、問い合わせ殺到しますから。どうやって弾いてるの?みたいな研究熱心なギター・フリークも多いですから。映像で動いてるっていうのをかなり期待されてます。
それはかなり嬉しいですよね(笑顔)
アコギというと、私なんかはどうしてもナラダウィンダムヒルをイメージしてしまうんですが、アメリカではやっぱりギターのレベルって高いんですか?
うーん、レベルも高いし、むこうはカントリーとか、カントリー&ウェスタンが根付いてて、ギターってはもうソウルフルな楽器って言うのかな、。僕ら日本人だと津軽三味線聴いた時ってそんなにエキゾチックには聞こえないでしょ、すごく自然にノれるって言うか、こうくるのがわかるじゃないですか、あーキタキタ!もみ手でもみ手で♪ みたいにね。でも他の西洋楽器だと習うでしょ、ノリ方とか、ビートとか、ウラでこうやってノルとかって。それとおんなじで、むこうでは根付いてるもんだからギターって。自然と上達も早いんじゃないかな。
なるほど。特にナラダではアコギの音源がたくさん出てますよね、ドン・ロスとか。あと、ウィンダムヒルのマイケル・ヘッジズとか。
うん、ドン・ロスはマイケルにインスパイアされていて、ドン・ロスは僕がすごい尊敬してるアーティストで…もちろんマイケルもそうなんですけど、ナラダで言うと、ビリー・マクラフリンとかそういったギタリストもすごいですね。10年以上前かな、日本でもナラダとかウィンダムヒルが盛り上がってて。でもその時でも日本で有名なのってジョージ・ウィンストンくらいだったし、最初はマイケル・ヘッジズって誰、それ?みたいな感じだった。
ギター・フリークの方は確かに"癒し"レーベルみたいなイメージではウィンダムヒルは見ていなかったように思えます。ニューエイジって言葉は、ビルボード・チャートをウィンダムヒルの音楽が席巻した時にできた言葉みたいですし。
でも、そういう中でもこうして僕のアルバムが紹介されるのはやっぱり素晴らしいことだと思うんですよ。どういうコーナーでもね。聴くきっかけは何でもいいし、それは聴く人が判断することであって、どういう取り上げ方されてもギタリストにとってはすごく光栄なことですよね。ジャンル問わず嬉しいですよ、インストゥルメンタルとしては。
そういえば、今、押尾さんが注目していらっしゃるギタリストがいらっしゃるんですよね。確か、キーラン・マーフィというまだ20歳。確か今年秋リリースされたギターコンピ、『GUITAR PARADISE』 でもコンパイルという形で一緒に収録されてましたね。
セッションではプロデュースイベントでやった『GUITAR PARADISE』 で一緒にやったんですけど、ギタープレイでとにかく度肝を抜かれたのはリズム、グルーヴですね。これはトミー・エマニュエルも絶賛してるんだけど、僕なんかが落ち込んでしまうくらいビート感がスゴイ。人を楽しませようっていうエンタテイメント性も豊富。
練習ってうまく行かなかったり弾けなかったりするとイライラすることってあるんですか?
うーん、まあそういう時はありますよ。
えっ、押尾さんにもそういう時あるんですか?
ありますよー、特に練習の時は。でもそれは絶対人前ではやっちゃいけない。ほんと大昔ですけど…まだメジャーじゃない時に、やっぱりシチュエーションが悪くてイライラして演奏してしまったことがあってすごく怒られたことがあったんですよ。だってこんな環境でできないですよ、なんて偉そうに言ったことがあって…誰も見てへんやん、みたいに言ったんですよ。そしたら、いや、いるよ、いてたよ、って言われて。その時は悔しかったけど、それからはライブでは、一人でも聴いてくれている人がいるなら、その人のために弾こうって思っているから人前ではないですね。でも練習ではありますね。弾きたいのにイメージ通りに弾けない時とか。
弾きたいのに弾けない、そういう葛藤みたいなものが…?
でもライブではすごく気持ち的に助けられてますよ。好きで聴いてくれる人に対して弾いてるとすごく素直に音もメロディも響くというか。お客さんがいて、演奏する、セッションする人がいて、あとは楽しもうっていう一体感があれば練習とかそれ以上にうまく行くことがすごくありますね、不思議なんですけど。
曲によってギターを持ち替えて演奏していらっしゃいますよね。今持っていらっしゃるのはグレーベンですけど、確か押尾さんが初めてグレーベンのギターを持ったのは高校の頃でしたよね?中古で20万前後だってお伺いしましたが。
よくご存知で(笑)。ずっと家にあったギターを弾いてたんですけど、師匠であるギタリストの中川イサトさんがグレーベンのギターを使ってて、そのイサトさんから『今グレーベンの中古の安いのがあるけどどう?』って勧められて。んで安いって言われたからてっきり5万円ぐらいだと思ってたんですよ、そしたら25万、安いやろ!?って言われて。高校生に25万て…(笑)。でもせっかく大好きな人に勧められてどうしても断りたくなくてね。母親に一生のお願いで頼みました。イサトさんが紹介してくれたギターがどうしても欲しくて。18の時から30の時までずーっとその1本でやってたんですよ。今も家にあるんですけどさすがにボロッボロだったですね。表面はもとより内側も力木がはずれてたりして。で、30になって、『あのー、18歳の時にこのギター買いに来た押尾コータローと言います、このギター修理して下さい』って差し出したら、『コレ、もう鳴らんぞ』って言われたんだけど、これは捨てられないんで治して下さいって強引にお願いして。で、修理の間にもう1本必要じゃないですか。それでコレとおんなじ(インタビュー中に持っていたギターを指して)、グレーベンのDタイプをその時一緒に買ったんです。
じゃあ今ギターって何本ぐらいお持ちなんですか?
最初は2本でローテーションで1部2部制でライブやったりして休憩の間に弦を張り替えたりってやってたんですけど、そのうち2本が3本になってって、照明とかスタッフとかが入りだすと続けて曲をやりたいっていう時にチューニングが変わったものをローディが持ってきてすぐに演奏するってスタイルの時にはやっぱり最低5本はいるなーって。それに予備で2本、さらに楽屋で1本とどんどん増えてって、常備8本はライブで必要になってきたんですよね。で結局、ツアーなんかで使ってると運搬中にヒビが入っちゃったり演奏中にヒビが入っちゃったりとかで3本ぐらいギターが入院、ってことがあって、そんな感じで2軍選手が必要になってきちゃって、今は10本ぐらいかな。
押尾さん御用達の楽器屋さんは、なんだかものすごくこだわりのある方だとお噂お伺いしたんですが…?
HIRO CORPORATION って言う楽器店なんですけどね。楽器屋さんって普通は顧客のニーズに答えて『いらっしゃいませ』って感じなんですけど、わりと突っぱねるんですよ、商売っ気がないって言うか、いきなり説教始めちゃうような人なんで(笑)。敷居が高いです。でもね、本物のギター置いてますね、そこは。だからボクはその説教聞くために行く時もありますよ。
押尾さんに説教…ですか(驚)
されるんですよー。僕の場合だとまずこのピックアップをはずしなさい、って言われますね。『こんなもん付けてたら音ならなくなるからはずせ、電気に頼るな!』ってね(笑)。で、会場がデカイと音が聞こえなくなるからしょうがないんですよ、って言うと、『それはわかってる、わかってるけど、その気持ちは忘れるな』って言うんですよね。僕がライブの中でマイクで拾ってライブをやるコーナーがあるんですけど、それは冨田さん(HIRO CORPORATION オーナー)のその言葉からですね。今どき珍しい楽器店だと思いますよ。大手だとなかなかそういう商売はできないですからね。
ファンの間ではHIRO CORPORATIONは結構有名なお店みたいですよね。
そうそう、そんで行ってびっくりするんですよね、ギターショップらしくないからって(笑)。
ところで、ソロギターっていうスタイルってジャンルで言うとニューエイジっていうカテゴリーになってしまいがちなんですが、そのことについて何か抵抗とかあったりしますか?アーティストの中にはそういう方もいらっしゃるようなんですが…
うーん…抵抗感じる気持ちはわからなくもないですけど、ニューエイジっていうジャンルはもうある程度定着した感はありますよね。いずれにせよジャンルは決めなくちゃリスナーも聴きづらいだろうし。ニューエイジって言うとヒーリングとか癒しとかって言葉が先行しちゃっているかもしれないですね。
以前、ジョージ・ウィンストンさんにもお会いすることがあったんですが、彼もやっぱりニューエイジって言葉をひどくあの当時は嫌悪してました。"認めない"ときっぱりクギを刺されました。
うーん…僕はジョージ・ウィンストンみたいな大それたことは言えないけど…たぶん、オムニバスがすごくたくさんあるのも原因かも知れないですね。クラシックなんかのパッヘルベルのカノンだとか、”癒し”をテーマにいろんな企画盤が出ることが多い。ジョージ・ウィンストンなんかは癒し的に聴こえる曲ももちろんあるけど、すっごくアグレッシヴな曲とかもあるじゃないですか。僕のCDなんかも”癒し”にするにはちょっと違うなって言うのもありますしね。例えば今回の『Nature Spirit』の『Rushin'』なんかは ”ん?癒し…?”って思うんじゃないかな。病院とかでかけるならこの2曲目(Russin')は飛ばしてかけて下さい、って言わないと(笑)。でも僕はそんなに嫌悪感はないですよ。
日本ではニューエイジ=癒し、ヒーリングってイメージが固定したのは90年代半ばあたりからなんですけど、それまでのニューエイジと言えば色んな要素がありましたよね。スピリチュアルなものだとか、ルーツ音楽的なものから派生したメディテーション要素だとかいうふうに。今のように即、癒し、ヒーリングではなかった気がします。そういう中にウィンダムヒルのようなアコースティック・サウンドという分類があったというか。
うーん、なんだろうなぁ、ヒーリング、ニューエイジでもなくって…例えばウィンダムヒルってすごいレーベルだなって思うのは、あそこのレーベルのものはだいたい同じテイストの音楽が聴けるっていうか、それはニューエイジでもなくてワールドがあったりジャズがあったり、あいまいなんだけど、でもウィンダムヒルのカラーがあって…あのあいまいさってウィンダムヒルが先駆ですよね。そのあとNARADAってレーベルも出てきて、そういうものを一括りにしてニューエイジって呼んできたんですよね。でもまあ、癒しという意味も人によって様々ですし、癒しにせよヒーリングにせよ、どんな言葉でもいいから音楽と出会うきっかけになって、そこから癒し以外の何かも感じてもらえればそれでいいと思うし。
ニューエイジに代わる言葉…いつもそこで悩むところです。そういう中でソロ・ギターを探しに来るリスナーは確実にすごく増えました。特に押尾さんのCDを買う方々は、ライブで実際に聴いて、CDも買って、DVDも観て、さらに自分で弾く、っていう勉強熱心なファンが多いですよね。最近はネット配信やデータで音楽を手軽に楽しむ時代ですから、相当熱烈なユーザー層だと思います。
確かに簡単にダウンロードやデータで音楽を聴けるようになって、もちろんそれは便利でいいことなんだけど、作る側の僕らもやっぱり買って持っておきたいなって思ってくれるものを残したいですね。ずっと聴いていたい音楽を手元に置いときたいって思われるものを。

[ 引用元:音楽 情報ニュース/押尾コータロー『Nature Spirit』発売インタビュー/HMV ]

おまけ

押尾君はまだ30過ぎの大阪在住のアコースティック・ギタリストで、確か14〜15年前に、僕が大阪で開いていたギター・スクールの生徒だった時期がある。その当時は僕の楽曲を弾いたり、ごく普通のフィンガー・スタイル・ギターを勉強していた。その後、一時期、東京で何やら模索しながら暮らしていたようだが、再び大阪に戻って行った。

何しろギター一本で生活しながら創作活動を続けるというのは大変な事である。東京で生活している頃に何度か会った事があるが、大阪に戻ってからはどのような活動をしているのか知らなかったし、たまに大阪へ行った時も会うことはなかった。でも自分なりに音楽活動に取り組んでいたようだ。

そして昨年の春にドン・ロスとのライブ・ツアーで京都に行った時、そのライブを聴きに来てくれた彼に久しぶりに会ったのである。その時に初めて作ったというCD をプレゼントしてくれた。家に戻ってから早速そのCD を聴いてみたのだが、楽曲によっては影響を受けたマイケル・ヘッジスのギター・スタイルから抜けきっていないが、独自のスタイルを模索しているようにも感じた。

今年に入ってから2枚目のCD をリリースし、以前にも増してライブ活動を積極的に行っているようで、8月に神戸で行われたコンサートで初めて彼と同じステージを踏む事になった。何しろ彼のライブ・プレイを聴くのは初めてだったので、どんなライブ・パフォーマンスを見せてくれるのかとても興味があったのである。でもサウンド・チェックの時点で納得してしまった。彼はスタンディングでプレイするのだが、立ち振る舞いが堂々としているし、ライブ・プレイに不可欠なスケールの大きなサウンドというものも充分に備わっている。僕が知らない間に少しずつライブをこなし、オーディエンスとの一体化した空間という、ライブには欠かす事の出来ない大切なものをいつの間にか身に付けたのであろう。ただ、ひとつだけ彼に望むのは、誰々の影響というものから早く抜け出して、もうワン・ランク上の独自の楽曲やギター・プレイを目指して欲しい。

#12のアーティスト・るーむで紹介した住出君といい、年齢こそ違えど、新しい感覚のギタリストがようやくこの国にも登場して来た事をとても嬉しく思う。住出勝則、小松原俊、岸部真明、押尾コータロー、小川倫生、皆、本物志向のアーティストと呼べるギタリスト達だ。

この " Love Strings " は彼のセカンド・アルバムでオリジナル曲の他に、独自のアレンジによるカヴァー曲が何曲か収められている。全体がライブのような乗りのラフなプレイだが、ライン・ミックスのサウンドだとどうしてもダイナミックスというものがコントロールし難い。でもそれを上手くコントロール出来なければ、よりレベルの高いプレイにまで到達出来ない。レコーディングでのプレイは音作りを含めてとてもシビアな感覚が要求されるので、使うマイクやそのセッティングが重要なカギを握っている。勿論エンジニアの技量も大切なのは言うまでもない。

一曲目の " Blue Sky " はファンキーなアップ・テンポの曲で、即興性の高いプレイはライブにうってつけの楽曲だ。ラストの " ずっと・・・" は個人的に好きなバラードの楽曲で、曲想が素敵である。

[ 引用元:押尾コータロー(2001.10.01) - アーティスト・るーむ - 中川イサト ホーム・ページ ]

文書情報

初稿
2007年9月17日
最終更新
2010年8月20日

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